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日々のぼやき
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 朝から降り続いていた雨は昼をすぎた頃にやんだ。雲がすごいスピードで動いているのが分かる。高く澄んだ空が雲の隙間からかおを覗かせる。
 事務所へ向かう踊り場の窓から、その薄藍色を見あげていた。
 ビニール傘の先端から雫がこぼれて靴下をぬらす。冷たい感触がローファーまで垂れてきたので我に返った。かばんを掛け直して階段をのぼりはじめる。いつもよりバッグが重いな、とぼんやり思った。
 
 事務所はがらんどうだった。扉を開けた弥子に気付いて壁のあかねちゃんが髪を振る。それに応えながらソファに向かった。あくびをかみ殺す。
『眠いの?』
 あかねちゃんが手近な紙に書いて尋ねてくる。革張りのソファで丸くなって弥子はうなづいた。
「テストだから徹夜したの。ちょっとだけ眠らせて…」
 膝を抱えて、目を閉じた。まぶたの裏が真っ白にそまる。じりじりと焦れるような熱さを感じて眼を開いた。日差しが眩しいのだ、と気付く。
 バッグをあさって適当な雑誌をとり出した。叶絵から借りたもので、まだろくに読んでもいないけれど、厚みがあるので日よけには十分。
 ページを開いてかおの上に載せる。うん、ちょうど良いなと自己満足した。ちょっと重いのが難点だけど…でも眩しすぎる日差しは顔にさえ当たらなければ暖かくて気持ちよい。すぐにうとうとしはじめた。
 
「ヤコ、起きろ」
 声と一緒にかおに被さっていた重みが失われた。日差しがまぶたの裏をまぶしく染める。かおを顰めて目を開けた。ネウロが至近距離から覗き込んでいる。
「こんな重いものを乗せていると…」
 と、皮の手袋を嵌めた手で雑誌を開く。
「元々低い鼻がさらに潰れてなくなるぞ」
 笑みまじりの言葉と一緒に、ゆびさきで鼻を摘んでくる。遊んでいるようだった。「やめて」と軽く手で払うと、今度はこしを伸ばしてくちびるで鼻をつまんでくる。
 ネウロの肩越しに日差しが弥子の視界をやいた。眩しい、と鼻声でつぶやく。
「そうか」
 ネウロは唇を離し。
「ならば我輩が庇になってやろう、ヤコ」
 日差しを忘れさせるような、キスをした。
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 キスの前に牙を立てるのは性癖というよりもはや本能に近かった。
 近いのだろう、と弥子は思う。謎を喰らうのと同列に、魔人はくちびるに容赦の無い疵をつける。おかげで唇の端はいつでも皮膚がめくれている。普段はグロスで隠しているけど、夜になるとすぐに分かる。
 
「最近、リップを変えたのかってよく聞かれるの」
 囁くように告げると、魔人はそうかと気の無い返事をかえしてきた。弥子のことばよりも弥子の制服に手を掛けることのほうが大切だと思っているような素振りだ。
 溜め息を吐いて魔人の首にうでを回した。生存機能は何ひとつ働いていない、なのに生きている魔人の皮膚は滑らかで冷たく、そして弥子の肌にしっとり馴染む。その首筋に、声を吐いた。白い息が冷たい肌をあたたかく濡らす。
「最近くちびるが紅いってよく言われるの。似合わないって、」
「そうか」
 ネウロの声は間近に聞こえた。感情が読み取りにくい声だったが、引き寄せられて与えられる捕食行為めいたキスは眩暈を起こすほどに荒々しい。
 牙を突きたてられる。口内に淀んだ、鉄の匂いに一瞬だけかおを顰めた。
「厭なら逃げ出せば良い」
 くちびるを離して、魔人は囁く。ひとみを覗き込んでくる虹彩には紅い唇をした自分が映っている。
「我輩はどちらでも良いのだ」
 と云いながらキスをする。眩暈にまぶたを閉じながら、弥子は、濡れた皮膚を穿つ牙は、本能というよりまるで楔のようだとぼんやり思った。
 
終わり。
 ネウロの寝顔を見るのは久しぶりだ。目を閉じているので睫毛の長さがよくわかる。白い頬に垂れた髪の毛が薄いかげを落としていた。触れるとびっくりするくらい冷たい。
「……起きないの?」
 小声で尋ねてもネウロは目を覚まさなかった。かといって寝息が聞こえるわけでも、体温が感じられるわけでもないので少し不思議な感じがした。大腿には重みを感じるのでそれがリアルだ。そろそろと手をあげて、そっと睫毛に触れてみる。
「……」
 指の腹にかんじる微細な感覚がくすぐったい。何度か指を行き来させてそっと離す。ネウロは起きない。弥子はそっと溜め息を吐いた。
 外は晴天。昼下がりの空気はぽかぽかと暖かい。表では子供たちのはしゃぐ声と車の通る音がしていた。何処にでもある日常だ。何の変哲も無い。
 たとえば、ちょっとくらい非日常なことをしてもその事実が世界に埋没してしまいそうなくらいの、日常。もちろんネウロが膝枕で寝ているなんて状況自体が非日常なのだけど。
 ネウロのほほに手を乗せてみた。やっぱり起きる気配は無い。冷たい頬をさする。そうして、ゆびさきに唇で触れてからゆっくり腰をかがめて。
「……」
 掠めるだけのキスを落とした。一瞬だけの。触れるだけの。
 
 ネウロは起きない。
 
「なに莫迦なことしてるんだろ、あたし。」
 
 それは世界に埋没する、奇跡みたいな非日常。

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