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luna y perroluna y perro
日々のぼやき
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○日記連載 『桜に哭く鬼』
 
 
  序章
 
 夜咲(やさか)村は周囲を山林にかこまれた小さな農村だった。山の傾斜を利用した段々畑が広がり、その下に村の中心部がある。村を出入りする道はかろうじて舗装がなされた国道が一本だけで、それは山間を縫うように細々と延びていた。
 国道は村を二分するように走っていて、村はその道を境に大きく東部と西部に分かれていた。東部は商店や郵便局、村役場がある村の中心を担う場処で、これを「境」といい田畑が広がる西部を「野部」と呼んだ。
 その他に山中の数件の家々があるだけの「野落」という部落もあるが、こちらは老人が数人肩を寄せ合って暮らしている部落なので住人はあまりその存在を意識しない。あと数年のうちに野落はなくなるだろうと、口には出さないが誰もが予測していた。
 やけに蒸し暑い夜だった。虫の鳴く声がまるで雨音のように村中に響きわたっていた。湿気を含んだ風がねっとりと肌に絡みつき、離れない。そんな重苦しい空気がはびこっていた夜の村を、ひとつの集団がひっそりと横断していた。
 それらは異形の集団だった。二十人ほどの白装束の者たちがにじるような歩き方で舞を踊りながらゆっくりと進む。揃いの白い面をつけているので、彼らは宵闇から不気味なほどに浮かび上がって見えていた。
 列の中心には巨大な桶を担いだ四人の白装束が居た。桶は人ひとりが屈んで入れるほどの大きさで、担ぐための御輿には鈴が付けられている。
 しゃらん。
 白装束の列が進むたびに、鈴がひっそりと音をたてた。熱気が音をひびかせるのを拒むのか、軽やかとはいえない、何処か薄暗さを感じる音色だ。誰も声を発しない。鈴の音だけを響かせた無言の集団はひっそりと道を進んでいく。
 「境」の最奥にある社を出た集団は、村を横断して「野部」の最奥にあるお社へと向かっていた。畦道や路地裏を通りぬけてやがて現われた国道を渡り、野部の中へと入っていく。時おり現われる民家のうちの数件の民家の前で彼らは立ち止まった。それらの民家の前には樹枝を立てかけて作られた異様な置物がおかれていて、白い紙がそのうえに載せられている。
 墨で名前が書かれたその紙を、集団の先頭にいた白装束がうやうやしく取り、持っていた錫杖の先端に突き刺した。黒塗りの錫杖には既に数枚の紙が刺さっている。「境」でも彼らはこうして何軒かの民家から紙を持ち去っていた。やはり言葉はなく、先頭のものが錫杖を鳴らすとそれが合図となって列は進み始めた。
 やがて、集団は「野部」のお社へとたどり着いた。粗末な小屋にも似た社だが、前には広場がひろがり野部の住人の集会場の役割を果たしていた。その広場で、神主が彼らの帰りを待っていた。集団は広場の中心まで進むと、担いでいた桶を地面にゆっくりと下ろした。
 神主が頭を下げる。
「ごくろうさまでございました」
 明朗とした声が広場に響きわたった。瞬間、異能の集団たちからほっと安堵の息がもれた。先頭を歩いていた白装束は錫杖を神主に手渡すと、背後を振り返った。白い面を顔から外す。皺だらけの日焼けした顔がにんまりと笑った。
「みんな、お疲れだったない」
 その声が合図となり、白装束たちが一斉に付けていた面を外した。殆どが壮年の男性である。各々その場にしゃがみこんだり、互いに労をねぎらったりする。中には熱気に負けたのか装束を脱ぎ始める男も居た。
 
――ようやく終わった。
 山中和夫(やまなかかずお)は、集団の中心で安堵の笑みをうかべていた。面を付けていた顔は火照り、桶を担ぐためにずっと中腰でいた身体がぎしぎしと痛んでいる。装束は汗でべっとりと濡れていた。袖で額をぬぐうと白い布地が灰色に染まった。
「お疲れさん」
 背後からこえをかけられて振り向いた。山中と同じく桶を担いでいた村里がやはり火照った顔でにんまりと笑っていた。村里は村で一軒のスーパー「むらさとマーケット」の店主である。大学卒業後村にもどり、役場に就職した山中にとっては数少ない同級生のひとりだった。
「しかし毎年のこととはいえ、年々きつくなるな。明日は俺も筋肉痛だよ。棚出しが今から怖い」
「俺たちの年でそんなこと言ってたら、臼井翁はどうなるんだよ」
 山中はちらりとお社のほうへと視線を送った。社の前では神主と、先頭を歩いていたおとこが何か話し込んでいる。かくしゃくとした仕草が特徴的な彼が件の臼井翁だった。年はとうに米寿を越えたというのに、まだ踊り手として祭りの中心を担っている。
「あれは特別さ。何たって化物だからな」
 ふたりがまだ高校生だったころ、村里は山に入って遭難しかけたことがある。そのとき助けてくれたのが臼井翁らしいが、その命の恩人を彼は平然と「化物」と評していた。当時柔道部だった青年を、還暦をすぎていた老人が担いで山を下りてきたのだ。「ありゃ天狗だぜ。俺は天狗に攫われたんだって本気で思ってたよ」と、村里はことあるごとに吹聴している。
「天狗ってのは言いえて妙だと思うけどな。化物は酷いんじゃないか?」
 笑いながら、山中は重い足をひきずって桶へと近付いた。すでに数人の男たちが桶の蓋を開いているところだった。二人がかりで蓋を持ち上げて、地面に置く。山中が桶の中身をのぞきこむと、中で坐っていた臼井真奈美はおとこたち以上に汗だくになっていた。手近なおとこたちの手によって桶から引きずり出された真奈美は、化粧も汗でほとんど流れている状態だ。喘ぐように息をして、「もう巫女役はやりたくないです…」と呟く。
 周囲のおとこたちが弾けるように笑った。
 地面にしゃがみこんだ真奈美に、山中は話しかけた。
「お疲れのところ申し訳ないが、巫女はこれから神主さんの祝詞を受けなきゃならないんだよ。立てるかい?」
「……」
 ほとんど密閉状態の桶に押し込まれていた真奈美は見るからに体力を消耗していた。子供のように無言で頷いたが、なかなか立ち上がらない。山中が手を差し伸べると、それに縋ってようやく立ち上がった。巫女の着物をつけているのでどうにも動き辛そうだ。
「課長にどうしてもって言われたからやりましたけど、」
 と、真奈美が山中を睨んだ。真奈美は今年役場で採用された山中の部下である。なり手のない巫女の役をむりやり押し付けた山中としては、真奈美の怒りをひたすらに受けるしかない。
「こんなに辛いとは思いませんでしたよ。道理で巫女のなり手がいないはずだわ」
「確かに、変な祭りだな」
 山中は苦笑した。
 村にうけつがれているこの祭りは「しびと祭」と呼ばれていた。しびとというのは四人、つまり巫女の入った桶を担ぐ人数が四人であることから転じた祭名だと思われる。
 年に一回、「境」の社から「野部」の社へ、また「野部」の社から「境」の社へと巫女の入った桶をかついで行き来するだけの祭りだが、その合間に凶事のあった家々を回り、それぞれの家から霊名の書かれた札を持ち去るので結局村中を歩き回ることになる。その間ずっと桶に閉じ込められていることもあり、巫女をやりたがる娘は皆無に等しかった。きれいに着飾ってもらえる巫女役といえばいくらでもなり手が居そうなものだが、着飾った挙句に桶に押し込められるのは苦行に等しい。今では水分補給が許されているが、昔は脱水症状をおこす巫女もいたのだという。
 去年までの巫女は山中の上司でもある部長の末娘がおこなっていたのだが、部長も末娘を説得するのに苦労していたようだった。祭りが近付くと「今年はブランド物のバッグをせがまれたよ」とか「今年は旅行に連れて行けと言われたよ」と、溜め息混じりに呟いていた。その末娘も東京の大学に進学して、村はあらたな巫女を探さなければならなくなった。
 そんな辛い巫女役を押し付けられた真奈美はまだ怒り心頭といった様子だった。村の出身だが、巫女がどういったことをするのか詳しくは知らなかったらしい。祭事の内容についてはあまり知られていないのだ。しびと祭りの最中、村人たちは外に出るのを禁じられている。家族が装束にでもならないかぎり、祭事について詳しく知ることはない。
「課長、明日わたしは欠勤しますからね。誰が何と言おうと、絶対明日はクーラーがんがん利かせた部屋で一日中寝てますから」
「分かった、部長には言っておくから」
 そのくらいの我が侭なら許されるだろう。苦笑して頷いた。きっぱりとサボタージュを宣言されたのが可笑しかった。真奈美ははっきり物をいう女性で、その裏表のない物言いがひどく好ましかった。
「梧行(ごぎょう)さんから差し入れでーす!」
 不意に大声が聞こえて、振り向くと広場の入り口で白装束のひとりが酒のケースを運んでいるところだった。ありがたい、と方々から声があがり、数人のおとこたちが広場の入り口へと向かう。
「梧行さんって、あのお屋敷のおうちですよね?」
 真奈美が山の一方をゆびさして尋ねてきた。つられて山中もそちらを見上げる。梧行の屋敷は山の中腹にひっそりと佇んでいた。屋敷というほど立派ではないが、明らかに周囲の農家とは違う佇まいをしているので村のものはそこを「梧行の屋敷」と呼んでいる。
「梧行さんってとうに亡くなったんじゃありませんか? 母からそんな話を聞いた気がするんですが」
「うん、先代の当主は亡くなってるんだけどね」
 と、ゆっくり歩く真奈美に歩調を合わせながら山中は説明した。
 梧行家はこの村の名士である。地主だったらしく、戦前はこの村のほとんどの田を梧行家が所有していたのだという。また村外においても名士だったらしく、さまざまな恩恵を村に与えてくれたのだ。用水路の整備や、村を走る国道も梧行家のおかげ、そのうえ梧行家は村に診療所まで作っていたのだ。そういった経緯があり、小作農制度がなくなった今でも村人たちは梧行家を敬っている。
 その梧行家の先代は、五十代半ばで亡くなっていた。変わり者で嫁をむかえなかったことから梧行家は途絶えるのだろうと思われていたが、その数年後に先代の兄が孫を連れて村にもどってきていた。東京で芸術家として名を馳せていたらしい彼を、村人は最初遠巻きにしていたが、彼は梧行家の役目を先代以上に果たしていた。今では彼はまごうことなき「梧行家の当主」と周囲に認められている。
「お孫さんが居る年なんだ、」
「もう七十くらいになるんじゃないのかな? 真奈美ちゃんは知らなかったのかい?」
「わたしは去年まで神奈川の大学に行ってましたから」
「ああそうだったね。うん、お孫さんはうちの娘と同い年なんだよ。身体が弱いらしくてあまり学校には行ってないようだけどね、とてもかっこういい子だと、娘は言ってるんだ」
「えー、もしかして娘さん、その子のことが好きなんじゃないですか?」
 いかにも年頃の女性らしい物言いに、山中はぷっと吹き出した。
「うーん、それは如何だろうね。娘はまだ小さいからなあ」
「今の若い子をあなどっちゃいけませんよ、課長」
「何だい、その言い方は。真奈美ちゃんだってまだ若いだろう」
「わたしはもうおばさんですよ!」
 ばんばんと山中の背中を叩く。どうやらもう疲れは取れたらしい。山中は咳き込み、ふと視線を山に向けて――目を見開いた。
 山は黒いシルエットになって薄灰色の景色にそびえていた。その中腹から目が離せない。真奈美が「課長?」と訝しげに山中を呼び、視線を泳がせて――やはり愕然とした。
「……え?」
 信じられないものを見た、という表情だった。ふたりで唖然としたまま山を見上げる。そのふたりの様子に気付いたのだろう、周囲で談笑していたおとこたちが同じように山を眺めてことばを失う。驚愕はゆるゆると広場中に伝染して、装束姿のおとこたちが揃って見開いた眼を山へと向けていた。
 信じられないものが其処にはあった。
 山の中腹。野落と呼ばれるその地区には一本の桜の木があった。その桜が薄紅色の花をつけていた。闇の中でなお浮き上がる、白い桜の木。月明かりに照らされた桜はたとえようもなくうつくしかった。狂い桜、という単語を山中は思い出していた。
 あまりにうつくしい光景だが、そのうつくしさに見蕩れている者は皆無だった。
 
 夜に咲く桜。
 
 村の名前を彷彿とさせるそのフレーズは、広場にあつまっていた者たちにあるひとつの物語を思い起こさせていた。それは信心深い老人たちが語る迷信にも似た御伽噺だったが、村中の誰もが知っていた。
 村人は、幼いころからその話を聞かされる。何か悪いことをしたときや親に逆らったとき、決まってその話をされた。
 山中の脳裏にも、幼いころ祖母から聞いた話がよみがえっていた。
 
 あの桜には鬼がいるんだよ、和夫。
 
「鬼…」
 と、誰かが呟くこえがした。山中の背中に悪寒が走る。となりの真奈美が小さく震える気配がした。周囲にゆるゆると悪寒が広がるようだった。
 
 ――桜が咲けば、鬼が出る。
 
 夏の最中に咲いた山中の桜が、あるタウン誌にとりあげられたのはその数日後のことだった。噂は全国へと広まり、夏の終わりに桜が散るまで村は観光客であふれた。
 
 そして十年の月日が流れる。
 
 
続く。
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