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日々のぼやき
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 張見世にはでないと決めていた。花車に責められ水責めにあってもそれは終ぞ変わらない。大門が開き女郎たちが着物の裾をひろげて格子の前に並ぶ。それを横目に見ながら汐乃は階段に坐っていた。
 飴色に染まった階段と、彫り物のほられた複雑なかたちの手すりはいつでもきれいに磨かれている。それは禿の仕事だった。今朝方も、夕花おいらんのとこの禿が半分泣きながら掃除をしていた。しげりという名のその禿は、器量のわるいので力仕事を押し付けられる。
 もちろん理由はそれだけではなく、最近の夕花の稼ぎが悪いのも関係しているのだが。弓場のおとこに入れあげているらしい。お大尽を袖にしているとか何とかで、女将に苦言を云われていた。汐乃は湯に行く途中でそれを聞いた。お大尽がつくだけマシってもんさ、と内心思った。
 汐乃は禿も新造も抱えてはいない、ひどく気楽な立場だった。それを姐女郎たちは「逃げてんのさ、厭なおんなだ」とののしるが汐乃にとって、これは親切心だった。
 汐乃の禿になどなればその娘が苦労するのは目に見えている。だから禿をもたないのだ、といつだかしたり顔で云った汐乃のほほを番頭は麻の縄で叩いた。
「客もとらねえでよくもそんな、」
 たしかそんな言葉でののしられた。あまり憶えてはいない。くるわで生きる秘訣は全てを忘れることだ。花車の責めもののしることばも客との睦みも何もかも。
 だから何故自分が張見世に出ようとしないのか、その理由も忘れてしまった。忘れたということは大した理由ではなかったのだ。汐乃はそう思うことにしている。
 
「おや汐乃」
 こえをかけられ、見あげると廊下をあるく着流しの客が手すりに肘をかけてこちらを見おろしていた。お職の藤のきの大尽だったか。禿げたあたまをつるりと撫でて汐乃ににやりと笑いかける。居流しでもしたのだろう。はだけた着物が遊びなれたふうである。
「きさままた張見世に出なかったそうじゃないか。出し惜しむたまでもあるまいし、何故そうも頑ななんでえ」
「わっちが何しようと勝手でござんしょう。せめて芯が通ってるとでも云っておくんなんし、」
 汐乃のことばにおとこはけらけらと無邪気に笑い、手前そんなこと云える立場かとさも可笑しげにこえをあげる。汐乃は柄がわるかった。新造のころからこんなものだったので、馴染みはみな汐乃の物言いに文句も云わない。
 手前あのころはまだ可愛げがあったなあ、とおとこが云い、汐乃も昔をおもいだした。汐乃は売り出し妓だった。もとの器量がいいのと気風が粋なこともあって、一時は番付の上位に名を連ねていた。
 それがいつ変わったのか。
 汐乃には思い出せなかった。はるか頭上のおとこは時間があったら手前の部屋にも寄ってやるぜ、とことばを残して去って行き、汐乃は階段に足をなげだして溜め息をつく。紅い襦袢がはだけて白い大腿が見えたが汐乃はちっとも気にしない。遠くでは張見世の呼子がさわいでいて、時折、おいらんに客が付いたのかはしゃいだ素振りの新造や禿が通っては消える。
 汐乃が此処にいるのはいつものことなので、誰も汐乃にこえをかけない。かけるのは一見の客くらいで、物好きな視線ではだけた肢を見おろしてきた武士にはかかとで蹴りを食らわせた。
「汐乃!」
 客にしだれかかっていた女郎がまなじりをあげて汐乃を睨んでくる。汐乃はそ知らぬふりをした。
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