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luna y perroluna y perro
日々のぼやき
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「食べていい?」
 暗闇に響く声。弥子はネウロの膝のうえに乗りかかったまま、首筋にくちびるを宛がって濡れた声で囁いた。細く熱い舌が皮膚を撫ぜる、その感触に気付きながらもネウロは行動を起こさない。食べていい。その言葉の意味するところはとっくに分かっていた。食べていい。餓鬼さながらのヤコにはぴったりの言葉だとネウロは思う。
 弥子のくちびるは首から頤へと昇ってきて、やがてネウロのくちびるを挟むように貪った。何度も口付けをくりかえす。弥子の皮膚は熱かった。そして柔らかく濃密で、そのうえ刃のように鋭かった。
「食べていい?」
 キスの合間に弥子が尋ねる。何をだ、とネウロはわざと返した。弥子は紅い唇をきゅっと引き締めて笑った。くちびるの濃密さとは裏腹に、少女のように稚い笑みだ。
「ネウロを」
「我輩を、か」
 ネウロは笑った。弥子がネウロの首に力強くしがみつく。
「ネウロの全部を。くちびるも、鼻も、足も、耳も、手も、眼も、全部を」
 全部を。その言葉の底深さにネウロは眩暈にも似た感覚をおぼえた。弥子はネウロの肩越しにうなじの皮膚を甘噛みしてくる。その鋭さと紙一重の歯の鈍さが、ネウロにタールのような想像を与えた。眩暈に引きずられてネウロは堪らず口を開いた。
「好きにしろ、」
 応えると、弥子は笑った。血のような紅い唇に、泣き出しそうな笑みがともる。
「うれしい」
 そうしてまたネウロの肩にかおを埋める弥子の腰を、ネウロはただじっと眺めていた。
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 じっとしていろ、とネウロが言った。いつもと同じような命令口調で、けれどいつもよりも少しだけ棘をぬいた声で。
「動くと食み出る」
 と、いつでも超然としている魔人にしてはやけに真剣なひとみで弥子のかおを覗き込んでくる。長い指が弥子のおとがいを摘んでくちびるを開かせる。ネウロのゆびさきは冷たくてとても気持ちがいい。瞼をとじた弥子のくちびるに、べっとりと重い感触が重なった。
 弥子はわずかに眉をひそめる。鼻腔をくすぐる口紅の香りは苦手なものだった。皮膚に貼りつく違和感も、紅筆がうごくたびに左右にひっぱられるくちびるの感触も、あまり好きではない。
 それでも弥子はじっとしていた。ネウロの吐息が肌をくすぐる。
 目をあければきっと魔人はすぐそばにいるのだろう。それこそ、境界線が曖昧になるくらい、近くに。
「ネウロ、」
 囁くように呼びかけると、筆の動きがぴたりと止まった。どきりとするほど近くでネウロのこえがする。
「動くな、ヤコ」
 歌うような声と、ネウロの熱。口紅を混ぜるときのように、混ざり合って溶け合えたらいいのにと弥子は思った。
「じっとしていろ」
 魔人は誘う。
 
「終わったら、我輩がこの唇を食ってやろう」
 
 それは罠のような、甘美な睦言。
 
 
終わり。
きっとネウロ的には餌をやって肥えさせてから美味しく頂こうとかそんな感じなのではないかと。ヤコちゃんに化粧をする魔人って、かなり美味しい構図ですね。
 ネウロが居なくなってもう五年が経つけれどママはまだネウロのことを忘れていないようだった。
 ママとわたしは、五年前のあの最後の日に三人で行った海岸に必ず足を運んでいた。海水浴の季節からは外れているのでいついっても砂浜は閑散としている。
「誰も居ないね。」
 と、ママはシートを広げながらぽつりと云った。わたしは手ごろな石を探してシートが飛ばされないように四方に置く。
 潮風で髪がぐちゃぐちゃになる。手で梳くと、既にべったりした感触があったのでそれが気持ち悪かった。ママが行くから仕方なく付き合っているけれど、わたしはネウロにそれほど良い思い出を持っていない。ネウロが居なくなってもわたしは全然さみしくなかった。
 この世に生まれてからもう十五年が経つけれど、ネウロが父親だと思ったことは一度も無い。籍も入れてないことを理由に「パパはわたしが小さい頃死んだんだ」と周りには説明していた。そんなわたしの言い分をママは知っている筈だけど、それについて何かを言ったりはしない。そういえばネウロが父親だと明言されたことも無いので、本当に、父親は死んでいるのかもしれなかった。
「今日のおむすびはたらこと鮭とおかかと梅干し。」
 と、ママが重箱を開けて言った。ふたりで大食いなのでお弁当は五人前くらいある。
 五年前のあの日も、お弁当の中身はおむすびだった。ママとわたしが全部食べて、ネウロはとなりでそれを見ていた。
 あの頃、わたしは人の好悪もうまく付けられない子供だったけど、ネウロのことははっきり明確に嫌いだった。蔑む視線も、罵る口調も、わたしからママを奪うところも。
 居なくなれば良いと思っていた。いつもそう思っていた。
 
 おかかのおむすびを手にとって、ママのとなりに腰をおろした。ママは水平線を眺めている。サーファーが遠くで泳いでいる。波に乗りかけて、水中に沈む。
「ママは、」
 何となく、口を開いた。鮭のおむすびを頬張ったママが「ん?」と口をもごもごさせたままこちらを向く。
「ネウロが帰ってくると思ってるの?」
「……」
 無言でおむすびを飲み込む。ちょっと子供っぽい。しばらく考え込んでから、「まだ帰ってこないと思う」とはっきり言った。
「まだ? どうして?」
「それがネウロとの約束だから」
 約束、とママはやけにその単語をはっきり言った。海に視線をもどす。ママの横顔は五年前から成長を止めてしまったみたいだ。
「わたしがネウロをこころから必要とする時まで、ネウロは戻ってこないんだって。だからまだ帰ってこない。わたしはまだ、ひとりで頑張れると思うから」
「……」
 ものすごく厭な事実を聞いた気がした。おむすびを飲み込んでから舌打ちをした。
「どうしたの?」
「別に、」
 手についてしまったご飯粒を払って落とした。潮風が肌にべっとり貼りつく。感触の悪さにわたしはもう一度舌打ちをした。
 ネウロのことを思い出した。大嫌いなネウロ。わたしからママを奪っていくネウロ。
 もうすぐ奴は帰ってくる。そう思うと胸がむかむかした。まったく、最低な約束をしたものだ。ママが必要とするまで、戻ってこないだって?
 となりのママを盗み見る。ママは髪を手で押さえて、ぼんやり海を眺めたまま。瞬きをしないひとみが潤んでいた。ネウロが居なくなってからママは瞬きをあまりしなくなった――その理由に気付いているのは、たぶん世界でわたしだけだ。
 
 寂しさに溢れそうな涙を、こらえているのだ。
 
 畜生、とこころのなかでネウロに唾を吐きかけた。厭な奴。最低な奴。あいつは勝つと分かっている勝負をママに吹っかけたのだ。約束、なんて言葉でごまかして。
 ママがネウロを必要としないはずが無い。五年前はまだ子供だったわたしでさえその事実に気付いたのだ。あのネウロが気付かないはずが無い。
「厭な奴」
 呟いて、次のおむすびを口に放った。口の中が冷たいご飯でいっぱいになって、噎せそうになって涙が出た。
「ちょっと、大丈夫?」
 ママが尋ねる。頷きながら、ネウロが戻ってこないことを祈っていた。
 
 わたしはネウロが嫌いだった。居なくなれば良いと思っていた。ママを奪うあのおとこを殺したいほど嫌いだった。
 
 ママのネウロを見つめる視線に気付いた。だから、嫌いだったのだ。
 朝から降り続いていた雨は昼をすぎた頃にやんだ。雲がすごいスピードで動いているのが分かる。高く澄んだ空が雲の隙間からかおを覗かせる。
 事務所へ向かう踊り場の窓から、その薄藍色を見あげていた。
 ビニール傘の先端から雫がこぼれて靴下をぬらす。冷たい感触がローファーまで垂れてきたので我に返った。かばんを掛け直して階段をのぼりはじめる。いつもよりバッグが重いな、とぼんやり思った。
 
 事務所はがらんどうだった。扉を開けた弥子に気付いて壁のあかねちゃんが髪を振る。それに応えながらソファに向かった。あくびをかみ殺す。
『眠いの?』
 あかねちゃんが手近な紙に書いて尋ねてくる。革張りのソファで丸くなって弥子はうなづいた。
「テストだから徹夜したの。ちょっとだけ眠らせて…」
 膝を抱えて、目を閉じた。まぶたの裏が真っ白にそまる。じりじりと焦れるような熱さを感じて眼を開いた。日差しが眩しいのだ、と気付く。
 バッグをあさって適当な雑誌をとり出した。叶絵から借りたもので、まだろくに読んでもいないけれど、厚みがあるので日よけには十分。
 ページを開いてかおの上に載せる。うん、ちょうど良いなと自己満足した。ちょっと重いのが難点だけど…でも眩しすぎる日差しは顔にさえ当たらなければ暖かくて気持ちよい。すぐにうとうとしはじめた。
 
「ヤコ、起きろ」
 声と一緒にかおに被さっていた重みが失われた。日差しがまぶたの裏をまぶしく染める。かおを顰めて目を開けた。ネウロが至近距離から覗き込んでいる。
「こんな重いものを乗せていると…」
 と、皮の手袋を嵌めた手で雑誌を開く。
「元々低い鼻がさらに潰れてなくなるぞ」
 笑みまじりの言葉と一緒に、ゆびさきで鼻を摘んでくる。遊んでいるようだった。「やめて」と軽く手で払うと、今度はこしを伸ばしてくちびるで鼻をつまんでくる。
 ネウロの肩越しに日差しが弥子の視界をやいた。眩しい、と鼻声でつぶやく。
「そうか」
 ネウロは唇を離し。
「ならば我輩が庇になってやろう、ヤコ」
 日差しを忘れさせるような、キスをした。
 キスの前に牙を立てるのは性癖というよりもはや本能に近かった。
 近いのだろう、と弥子は思う。謎を喰らうのと同列に、魔人はくちびるに容赦の無い疵をつける。おかげで唇の端はいつでも皮膚がめくれている。普段はグロスで隠しているけど、夜になるとすぐに分かる。
 
「最近、リップを変えたのかってよく聞かれるの」
 囁くように告げると、魔人はそうかと気の無い返事をかえしてきた。弥子のことばよりも弥子の制服に手を掛けることのほうが大切だと思っているような素振りだ。
 溜め息を吐いて魔人の首にうでを回した。生存機能は何ひとつ働いていない、なのに生きている魔人の皮膚は滑らかで冷たく、そして弥子の肌にしっとり馴染む。その首筋に、声を吐いた。白い息が冷たい肌をあたたかく濡らす。
「最近くちびるが紅いってよく言われるの。似合わないって、」
「そうか」
 ネウロの声は間近に聞こえた。感情が読み取りにくい声だったが、引き寄せられて与えられる捕食行為めいたキスは眩暈を起こすほどに荒々しい。
 牙を突きたてられる。口内に淀んだ、鉄の匂いに一瞬だけかおを顰めた。
「厭なら逃げ出せば良い」
 くちびるを離して、魔人は囁く。ひとみを覗き込んでくる虹彩には紅い唇をした自分が映っている。
「我輩はどちらでも良いのだ」
 と云いながらキスをする。眩暈にまぶたを閉じながら、弥子は、濡れた皮膚を穿つ牙は、本能というよりまるで楔のようだとぼんやり思った。
 
終わり。
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