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luna y perroluna y perro
日々のぼやき
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 ヤコ、と戯れに名前を呼ばれて弥子は振り向く。シーツに絡まったネウロのほほに明るい朝の日差しがあたっていた。
 弥子は手をのばしてネウロのほほに指で触れた。冷たくて滑らかな肌だ。ネウロはわずかに目を細めた。普段は冷たいまなざしが一瞬だけやわらかく緩む、その変化が弥子の胸をするどく突いた。突き動かされる。身をかがめて唇に触れた。ネウロの唇は冷たく、いつでも乾いている。舌を這わせるとネウロは眩しげに目を細めた。長いまつ毛が弥子の鼻先を掠めて離れる。
 好きだとか、嫌いだとか、愛だとか、種族が違うとか。
 そんなことは一切関係なかった。悩んだこともあったけれどもう如何でもいい。いとおしくて弥子はネウロの肩を抱きしめた。ネウロは抵抗しないが自分から手を回すことはない。弥子との間にある距離を、測りかねている態度だった。
 しかし弥子はそれでよかった。ネウロが自分に触れてくれなくても構わなかった。好きだと思う。離れたくない。それが全てだった。恋と呼ぶにはあまりに一途な感情なので自分でも恐ろしくなる。ネウロの胸に耳を付けて横たわるとかすかな鼓動が聞こえた。魔人の身体からは筋肉の動く音やわずかな血流音が聞こえる。まるで人間のように。
「ヤコ」
 ネウロはまた弥子を呼び、口元にあった弥子の耳を甘噛みした。その心地よさに、泣きたくなる。弥子は強くまぶたを閉じた。
「ずっと、一緒に居て」
 声はかすれた。ネウロは弥子の耳朶を舌先で舐めてわずかにほほ笑む。朝日をあびた頤に深く伸びるしわが見える――息が止まりそうなほど、せつない表情だった。
「貴様が望むなら」
 ネウロが言った。
 
「吾輩は一生、貴様を離したりはしない」
 
 子供かと思うほど、一途で真摯な響きをしていた。
 
 
 
おわり。
 
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 どうして俺がアイを選んだのかっていうとね、とまるで牧歌でも歌うかのように軽やかな口調で囁かれるそのことばをアイは意識的に無視した。声の主でもある少年はアイの膝にあたまを乗せて寝転がっていて、大人しく手の爪の手入れをされている今の様子を見ただけでは、彼が世界的な強盗だとは誰も思わないだろう。
 興味ないの?といたく不思議そうなかおで見上げられたのでアイは特に興味はありませんと意識的にはっきり言った。そして爪の手入れに没頭した。少年の爪はゆびの形に添って丸まっている部分があってその曲線に光があたって反射するさまなどは案外かわいらしく、少女のような爪だと思ったりもする。
 まあ、元々の人格が男か女かすら定かではない少年なのだけど。そもそも少年と呼ぶこと自体が間違っているのかもしれない。否、人間かどうかすら定かではない少年なのだ。
 少年――その生き物はにっこりと笑ってくちびるをぎりぎりと耳まで裂いた。皮膚の裂ける音にその生き物のいっそ宗教的ですらある爽やかな声が混じる。
「アイ、愛情の反対って無関心だって知ってた?」
「知っています」
 アイは頷いたあと、そっとひとみをとじた。
 
 あなたがどうして私を選んだのかなど如何でも良く思えるほど、あなたに囚われているのですと言ったらこの生物はどんなかおをするのだろう。
 
 ふと、そんなことを考えた。
 赤い髪は力を解き放つ証であるとともに自らが人間ではないことを示していた。化け物と、人外めと罵られたこと経験などあまりに多すぎて秋葉はその正確な回数さえ憶えてはいなかった。
 どうでもいいことなのだと、深く思う。
 人間が蔑むそのひとみも、こちらを指差すその怯えも、人外へ楯突くその利己さすら如何でもいいと心底おもえる。秋葉にとって大事なものは血であり、家であり、封印である。そのほかのものなど然して意味のない、積み木の玩具の一部に過ぎない。
 髪を梳くと檻髪が夜の空気をあでやかに彩る。秋葉はいつもの通り全てを諦めた笑みを浮かべようとしたが不思議と表情は強張ったものになってしまった。赤い髪が時折横切る視界の先にいるそのひとを、秋葉は泣きそうになりながらも必死に目を開いて見つめた。
「怖い?」
 尋ねる声は震えていて、自分らしくないと心底思った。泣きそうだとふと思ったときには目頭が痛いほど熱くなっていて、秋葉はあわてて顔を逸らした。泣き顔など見られたくなかった。月明りに伸びた自分の影がひどく惨めなものに見えた。
「怖くなんかないよ、」
 返事は穏やかで、柔らかな響きをしている。全てを包み込むような音韻に、それでも秋葉は顔を上げなかった。泣いてしまいそうだった。髪が、顔が、体が、熱い。
 
「きれいだよ」
 
 秋葉は両手で顔を覆った。ゆびさきが掬ってしまった自分の檻髪がひどく熱い。その熱さにひとみが焼かれて涙が一粒こぼれおちた。
 
 
おわり。
 もうずっと昔に、同じキスをされた気がする。
 
 
 仕事から帰ってきた笹塚がまずすることは弥子へのキスで、それはくちびるやほほに落とされるような直接的なものではなく、まつ毛とまつ毛が緩やかに重なるひどく間接的なものだった。
 笹塚の吐息がほほを撫でて、弥子の後れ毛をやわらかく揺らす。雰囲気とは異なった笹塚のまつ毛は何気に長くて弥子のそれと重ねられると、笹塚の物のほうが若干長いという事実に気付く。一本一本が細くて、色が薄い。弥子のまつ毛は一見そうはみえないが実は濃くて重いので、かさなった瞬間羽毛が閃くような音が響く。
 触れることがない、けれど心臓を締め付けられるようなキスをした後、笹塚はかならず弥子を見つめて目尻にふれる。荒れたゆびさきが引っ張るように弥子の涙袋を押す。つい一瞬前まで自分のまつ毛が触れていた弥子のまぶたをそっと撫でる。
 その仕草が何という感情から発露したものなのか、弥子にはよく分からなかった。けれど見上げる笹塚の顔は何かを押さえ込んだような表情をしていて、それがますます弥子の心臓を締め付ける。
「ささづかさん、」
 呼ぶと、笹塚は「ん?」と何とも間の抜けた返答をした。色素の薄いひとみが弥子を見下ろす。弥子は一度、深く息を吐いて。
 
「何でこんなことするんですか、」
 
 笹塚は一瞬目を見開いた。けれど弥子の質問に答えることはしなかった。ひとみを伏せて弥子のほほに触れる。その横顔が今にも崩れてしまいそうだったので弥子は自分の胸元をぎゅっと掴んだ。胸が痛い。けれど不思議と、弥子にはその胸の痛みが笹塚とは関係のないところから発露したものだという予感があった。
 
――ヤコ。
 
 もうずっと昔に、同じキスをされた気がする。相手のことは分からないけれど、そのキスを思い出すたびに弥子は子供みたいに噎び泣いた。
 
 
おわり。
 例えばあのひとの足の形はとてもきれいで、ぼんやりと「足の形に生まれが出る」ということばを思い出したりなんかした。わたしの足は膝の内側の骨がでっぱっていて少しだけみっともない。姉さんの足はきれいなものなのに不思議だといつでも思う。
 
 
 例えばこの家にひきとられたばかりのころ、わたしは時どき姉さんがいなければいいとか思っていた。自分と似た顔が自分とおなじくらい孤独な境遇におちっている図なんてあまり見たくなかったからだ。姉さんがいなければ、例えば実はわたしはすっごくお金持ちの――この遠野の家の子供なんじゃないか、とか想像する事ができたけれど、自分と同じ顔の姉さんがメイドをやっているということは、わたしはやっぱりただの捨て子なのだろうな、と納得したりして。
 姉さんなんかいなければいい、とおもっていた。
 姉さんが大好きなのに、不思議なものだ。
 
 例えばこのごろ、わたしはよく秋葉さまも姉さんもいないこの家を想像したりする。広い家は掃除が大変そうだけれど、わたしは掃除が好きなのでけっこう頑張れると思う。洗濯ものは少ししかないから楽だろう、料理は――何とか頑張りたいとおもう、とか、ぼんやり想像しては胸がわくわくする。秋葉さまも姉さんもいないこの家で、あのひとを独り占めできたらどれだけ幸せだろう――朝起きるときも、夜寝るときもあのひとのとなりで。誰も居ない、ふたりだけの空間で。
 この家にはわたしとあのひとしかいらないと思う。
 秋葉さまも姉さんも大好きなのに、不思議なものだ。
 
 例えばわたしは、すごくいやな人間なのだと思う。姉さんがいなくなればいいとか、秋葉さまがいなくなればいいとか平気で考えてしまえる人間。
 
 例えばあのひとは、こんなわたしを見たら何ておもうんだろう。
 
 例えば、例えば、例えば。
 
 それは夢の中でだけ、願いが叶う不思議な呪文だ。
 
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