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luna y perroluna y perro
日々のぼやき
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 少女はまだ子供であったが、外見に惑わされてはならぬことをマキシマは知っていた。少女は確固たる強さをもっていた。しかしその強さは得体が知れぬ。
 厄介なのは氷のように四方の光を乱反射させる不確かなひとみだ。こちらを見ているのかすら定かではない。
 強い者は得てして強い双眸をしているものだ。「強い奴は目を見れば分かる」と得意げに話していたのは炎を使う男の弟子だ。大会の最中、インタビュアーに向かって胸を逸らして語っていた。マキシマはそれを、離れた場所で聞いていた。
 たしかにそれは一理ある、だが少女に当てはまることは無かった。少女のひとみは氷だったが、かち割って中身を覗いたところで邪気の無い稚さしか存在しない。つまりは幼いのだ。そこには測るべき強さも無い。周囲の気配をさぐることも相手を威圧することも無く、かといって相手を淡々と見据えることもせずに、ただ積み木であそぶ赤子のように、目の前の敵を屠っていく。
 少女のような存在を何と呼ぶのかマキシマは知らない。強者と呼ぶべきか弱者とののしるべきか、天使なのか悪魔なのか何も知らない餓鬼なのか。
 そして少女はひとみを爛々ときらめかせて今日も敵を退けた。勝ったことを素直にはしゃぎ、次の瞬間にはてのひらに氷をつくりだして遊び始める。薄藍色の髪が白いほほにかぶさって氷の眸を周囲から隠した。一瞬だけのことだ。すぐに顔を上げると場外で待っていたマキシマを見つけた。
「見た? 勝ったよ」
「そうか」
 頷くと少女は小さくくすりと笑った。薄い唇から八重歯がのぞく。少女がこちらに駆け寄ろうとした、しかしそれと同時に少女の傍らに黒肌のおんなが現れた。よくやった、そう労う人外のおんなに少女は笑う。まだ餓鬼なのだ。興味の対象がころころと変わる。
「ねえ、誉めて、」
 甘える声が聞こえる。その声はひとみと同様に、ひどく不確かで薄い響きを帯びていた。
 
 
終わり。
 
→マキシマとクーラは如何だろう。(趣味まるだし)オズワルドとクーラでもいけるような気がしますが多分それはわたしの勝手な思い過ごしなのだと思います。(つまりは右側がクーラならあとは誰でもいいのです)(K'とか?)
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 肩は薄くて少しでもちからを込めたら粉々に壊れてしまいそうだった。もちろんそんなことは無いのだけど。意外とこの少年の芯は強いのだ。そのことを雲雀は知っていた。
 ツナは雲雀のとなりでじっと外を眺めている。放課後の教室。安っぽいアルミのサッシ。夕暮れの日差しが幼いツナの横顔を茜色にそめていた。薄い稜線をえがく鼻の筋に光線があたっててらてらと白く光ってみえる。橙色になった髪を吐息でふきあげて、その感触が思いのほかくすぐったかったのかふにゃりと笑う。まるで赤ん坊のような笑みだ。雲雀はその笑みから視線を逸らした。
 幼さを見せるツナの笑顔は雲雀の心に何かしらの小波をもたらした。もどかしさとか息苦しさとか、言いようの無い焦燥にも似た感情で、雲雀の奥底を淡く燻ぶる。本物の赤ん坊を相手にしているようなものだ。状況や心情など赤ん坊は解さないし、ましてや責任を負ったりもしない。
 ツナがそうだ、とは言わない。けれど不思議と、ツナの不用意な笑みは苛立たしいほど邪気の無い赤ん坊をおもわせる。
「何がそんなに楽しいの、」
 気が付けば口に出してしまった。言ってしまってから口調の刺々しさに自分で驚く。表情は一ミリも動かなかったが、一瞬だけ咽喉がくっと低く鳴った。
 ツナはきょとんと雲雀を見ていた。窓枠に手をかけたまま、不思議そうに雲雀を仰ぐ。やがてうっすら開いていたくちびるがきゅっとあがった。白い歯がかおを覗かせる。黒目がちの眸が静かに瞬いた。
 笑ったのだ。その笑みの確固さに雲雀の全身が一瞬だけ総毛だった。
「俺が笑ってるのは、」
 ツナが囁く。細められたひとみに映る自分の姿を、雲雀はとほうもない偶然だと感じた。
「ヒバリさんが居てくれるからです」
 言葉。笑み。視線。空気。
 雲雀はそう、とだけ応えた。ツナの眼球に映る自分がどんな顔をしているのかは窺うことができなかった。それでも、少しでも笑みに似た表情が作れていればいいと思った。それだけで、世界は完璧になるのにと思っていた。
 多分死ぬだろうと思っていた。ガードレールに寄り掛かった吾代を気にかけるものなど誰もいない。痛みで朦朧とした視界に映るのは少しばかりこちらを気にしながらも足早に去っていく人々だ。吾代とは何の縁も無い、平常な世界の住人たち。
 このまま死ぬのだ。せりあがってくる嘔吐感に吾代は二三度咳をした。三度目の咳には絡まった痰と一緒に鮮やかな血が混じっていた。口内の傷だろうか、それとも体の内部が切れたのだろうか。どちらでも良かった。このまま野垂れ死んでいくのも悪くはない。
 最初は完璧だったのだ。吾代は今夜しかけた計画をぼんやりと思い出した。仲間たちと共謀してコンビニに押し入った。巧く金もとれてこれで数日は食うに困らないとほくそ笑んだ。三日ぶりのめしだ、残飯でも草の根でもない人間の飯が食えるのだ――そう思い油断したのだろう。逃げる途中、つまらない喧嘩にかちあってしまった。普段なら避けるべき相手。本業というやつだ。だが今夜は油断していた。興奮していた。勝てるかもしれない、そんな馬鹿げたことを思ってしまった。
 その結果がこれだ。吾代は吐き出すようにはっと笑った。仲間はすでに吾代を見捨てて逃げていた。戻ってくる奴は居ないだろう。
 つまらない人生だった。笑いながら、そう思った。
 男にだまされてばかりの母親、ころころ変わるがどれもこれも暴力ばかりを振るう父親、便所臭い四畳のアパート、時おり気まぐれに母親が窓から食べ物を投げ込んでくる。その食べ物を犬のようにあさって吾代は生きていた。ごくたまに「父親」がやってきては骨が折れるほど殴られた。もっと稀に母親がやってきてはパイプや木の棒で叩かれた。
 アパートを出たのはいつのことだったか、吾代は既におぼえていない。世間で言うところの小学生の年齢だったらしいがその頃の吾代は学校に通っていなかった。何の気まぐれか入学の手続きは取っていたようだったが、それ以上のことを母親はしてはくれなかった。
 だから吾代は倦厭された。風呂も入っていない臭い奴だのランドセルも買えない貧乏人だのと莫迦にしてきたクラスメイトを数人病人送りにした。それ以降、学校へは行っていない。学校のほうでも来なくなった吾代を気にかけることは無かった。
 
 雨の降る夜、吾代は棲みついていたアパートを飛び出した。特に意味は無かったが、居場所に執着する理由も無かった。飛び出し、あてもなく歩き、ハイエナのように残飯やごみを食って過ごした。
 その頃のことはあまりよく憶えていない。ただいつでも腹が減っていて、苛々していた。同じような仲間とつるむことを覚え、スリや強奪で糧を手に入れる術をおぼえた。それでも吾代はいつでもひどく餓えていた。世界は暗く、いつでもぎゃあぎゃあと喧しかった。
 
 今も世界は暗く、五月蝿い。耳鳴りがひどかった。吾代は口を歪めて笑った。身体中が軋んでいた。もうすぐ死ぬのだろう。本能がそう告げていた。
 その時だった。
「死んでるのか?」
 頭上からこえが降ってきた。特に哀れみも蔑みも感じられない、やけに平べったい声だった。死んでいても生きていてもどちらでもいい。そう言い出しそうな口調だった。
「生きてるのなら、これ、食うか?」
 差し出される温かなもの。吾代はかすんでいた目を開き、痛む首を仰向けさせた。街頭の光で見下ろす人影の表情はよく分からなかった。コートを着た腕が真っ直ぐ吾代に伸びて、手のひらには湯気のたった紙袋が下がっている。
 肉の匂いと、温かな気配。吾代の咽喉が低くなった。我慢ができない。もう毒でも罠でも何でも良かった。食い物だ、そう意識した途端身体が反射的に動いていた。目の前でゆれる紙袋を獣じみた仕草でひったくる。
「どうやら生きてたみたいだな」
 人影は笑ったようだったが吾代にはそんなことは関係なかった。袋を破くと白い肉まんが顔を出した。むかし、一度だけ食べたことがある。気まぐれに母親が買ってきたのだ。アパートを出てからは食べたことが無かった。冷めると硬くなるので、吾代のような生活をくりかえすものにはあまり便利な食べ物ではないからだ。
 むしゃぶりつくと傷付いた口内に湯気がこもって飛び上がるほどに痛かった。低く、笑う声がする。
「誰も取りゃしねえよ。ゆっくり食え」
 そう言って、吾代のとなりにしゃがみこむ。――男だ。吾代はようやくその人影の顔を間近にみることができた。
 細く面長のかおをしている。黒い髪と暗い眸がやけに印象的なおとこだった。
 骨と皮のような(それは吾代にしても同じことだが)指先に煙草を挟み、美味そうに深く紫煙を吐く。
「どうだ、美味いか?」
 男がこちらを向いて尋ねてきた。吾代は返事をしなかった。美味い、と正直に返事をすることが何故かひどく躊躇われた。
 無言のまま肉まんを食べ続ける吾代に、男はそれ以上の質問をしなかった。それは話しかけてきた時と同等に、美味くても不味くてもどちらでもいいと言い出しそうな態度だった。吾代が肉まんを食べ終わるまで男はその場に座っていた。途中、むせた吾代を面白げに見やる。
「忙しねえ食べ方してるからだ」
「……」
 伸びてきた男の手を吾代は振り払った。見っとも無いところを見せてしまったことに苛々した。自分の人生など見っとも無いところしかないのに、何故かおとこの前でそんな自分を見せたくはなかった。
 
 肉まん三つを食い終わると、男は「さて」と言って立ち上がった。ためらいも溜めも無い動作だった。吾代はまだ匂いの残るゆびさきを舐めながら男を見あげる。
 男も去っていくのだろう。そう予想した。そしてまた自分はここで死んでいくのだ――先刻と何ら変わりない状況だが、それでも最後に美味くて温かいものを食えたのだからよしとしよう。吾代は頷き、またアスファルトに寝転んだ。
「おい、」
 またも声は頭上からふりそそぐ。薄目を開いた吾代の視界に、こちらを見下ろすおとこがみえた。街灯の灯りがやけに眩しい。まるで昼の日差しのように。
「何やってるんだ、早く立て」
 男が手を伸ばす。その骨がめだつ手のひらを吾代は呆然と凝視した。
「俺の会社はこの先だ。食った分は働いて返せ」
 言われている言葉の意味が分からない。吾代は眉間にしわを寄せた。ふざけたことぬかすな、そう吐き捨てようとした。なのに傷付いた咽喉はうまく開かず、そのうえ体は意志とは正反対に動き始めた。
 のろのろと、宙を這い上がっていく自分のてのひら。垢と土で汚れた手のひらが男のゆびさきにゆっくりと重なる。その一瞬、男は笑ったようだった。薄っぺらに、なのにひどくこころを揺さぶられる笑みだった。
 
 
とりあえず、終わり。
 
 
→吾代さんと社長さんです。この後吾代さんはわけも分からず早乙女金融へと連れて行かれて伝票整理をやらされて、もちろん吾代さんがそんなこと出来るわけないので、他の社員に「ふざけてんのか」と殴られたりして、でも何となく終業時間まで会社に居座ってて、他の社員が帰りはじめるころになって「俺はどうしたらいいんだろうな」とぼんやり考えはじめて、そしたらさり気なく社長が「ほら、帰るぞくそがき」とかあっさり言って自分のアパートに吾代を連れ帰ったりする、ような展開。
→社長には妻と娘が居ます。これはわたしの中では外せない設定です。でも仕事が忙しくてあんまり家に帰れない。なので会社の近くにアパートを借りてます。そこに吾代さんを連れ込みます。
→ちなみに肉まんは久しぶりに家に帰る社長さんが妻子へのおみやげに買ったもの、とかいう設定です。それを行き倒れの男に与えちゃったり。変なところで神経質なのにこういうところではアバウトな社長。(マイ設定)
→奥さんはすっごい美人なのがいいなあ。(知りませんよ)
 神隠しにあった娘はきっかり三日後に戻ってきた。
 
 人伝てに聞いた話である。神隠しにあったことも、戻ってきたことすら知らぬから、その五日後に偶然会ったときは普段と変わらぬ応酬をしていた。誰に聞いたのか、どういった経緯で聞いたのかも忘れてしまったが兎に角神隠しだと聞いた。きっかり三日後に帰ってきた。帰ってきたその日の夜に家中の食い物を食い荒らした。
 
「貴様が何で此処にいるアル」
 神隠しにあったはずの娘は何も変わらぬ口調だった。駄菓子屋の前のベンチを陣取り乾き物を咥えている。額に色眼鏡を乗せていて、それはどうしたのだ窃盗かならアンタを逮捕しなけりゃなあこれはお巡りさんの仕事だぜぃと嘯いたらマダオにもらったのだと返された。
「久しぶりだと日差しが眩しいからこれは便利あるネ」
 日差しが眩しいからマダオに貰ったヨ、というそれは借置というより恐喝だろう。言動が子供である。そのうえ隣に座ったら「何座ってるか」と睨まれた。
「名前は書いてありませんぜぃ」
「うっさいアル。私が先に座ったんだから此処は私の場処アル。分かったら其処からケツあげてさっさと消え失せるがヨロシ」
 子供の喧嘩だ。莫迦莫迦しくなったので殊更に膝を開いてどっかりと座った。娘は一瞬気配を鋭くしたものの、特にそれ以上のことはしない。色眼鏡を下ろし、空を見あげている。子供である。女というよりは小娘で、小娘というよりは餓鬼なのだ。乾き物を食む耳障りな咀嚼音に、小さな舌打ちをしてしまった。
「神隠しにあったんだって聞きましたぜ」
 舌打ちを隠し、そのついでに尋ねると娘は色眼鏡をした双眸で振り返ってこちらを見た。口元がいやらしく引かれる。飛び出した乾き物は唾液でてらてら濡れていた。
「羨ましいアルか」
「いや、全然」
「貴様には一生味わえない体験アル」
 娘は嗤い、ベンチを立った。踵を返す背中にふと取り換えっ子とかいう逸話を思い出した。
 
 神隠しにあった娘はきっかり三日後に戻ってきた。
 
 娘が何処にいたのか、誰も知らぬ。
 神さまにおねがいしたら望んでいたことが叶いました。
 
 だから、これは
 
 
 神さまの所為。
 
 
 朝日のなかで寝顔をじっと見ていたら意外と睫毛がながいことに気がついた。いつもは眼鏡の奥に隠れているから知らなくて、こうして寝顔を見るのは初めてではないけれど、こんなに近付いてじっくり覗き込んだのは初めてだったから、女の子みたいな睫毛にちょっとだけ驚いた。
 ゆびさきで目尻に触れる。黒い睫毛が朝日を浴びて白灰色にも見える。ゆびの腹で、つぶすように睫毛を押したらくすぐったそうに震えるような瞬きをした。
 
 いつもは穏やかな笑みを絶やさない志貴さまだけど、不意に見せる表情はひどく子供っぽい。かといって幼いだけでもなくて、ふとした瞬間にどきりとするほど大人びた表情も見せるから、わたしはいつもそのふたつの合間に落っこちておろおろしている。
「……ん、」
 そろそろ起きるのだろうか、薄く開いていたくちびるからちょっと間抜けた息が漏れる。温かな吐息が鼻をくすぐってきて、そのどうしようもない幸福感にわたしの目元は自然と弛んだ。
 こうして、吐息まで感じられる距離にいるのは初めてのことだ。毎朝ちょっとずつ近付く距離。けれどそれは志貴さまには内緒にしているので、すっと躯を離していつものように無表情をよそおった。志貴さまは何度か瞬きをしてからようやくながい睫毛を開いた。
「翡翠?」
「おはようございます、志貴さま」
 こしを直角に曲げて挨拶をすると志貴さまはしばらくぼんやりとしていたけれどやがてにっこりと笑って「おはよう」と応えた。手探りで眼鏡をさがしてかける。揺れるカーテンと、透けた日差しをぼんやりとながめた。
「外はいい天気みたいだね」
「ええ、とても暖かいです」
 そう、と志貴さまは満足げにほほ笑んだ。暖かいと躯も少し楽なんだ――そう言って、ベッドから下りようとする。ちらりとこちらを見て、困ったような顔をした。
「制服を持ってきてくれないか?」
 昨日の朝とまったく同じ台詞だった。だからわたしも、昨日と同じように無表情で「志貴さま」と応える。
「今日は学校はお休みです。もう少しゆっくりしていらしたら如何がです?」
「休み……?」
 志貴さまはぼんやりと髪をかいた。漆黒のひとみがゆっくりと揺らぎ、やがて濁った光をたたえて「そうだったね」と、くちびるが操り人形のように動いた。
「そうだった、休みだったな…」
 でも腹が空いたから朝ごはんは食べておきたいな、と志貴さまは苦笑する。華奢なつくりの眼鏡に朝日が反射して、一瞬だけ志貴さまのひとみが見えなくなった。
「不思議だね、翡翠」
 何かを落っことしたまま、大事なものを見失ったような声色だ。
「いつも誰かと、朝食を食べていた気がするよ……」
 返事はできなかった。志貴さまはしばらくのあいだぼんやりと窓の外を眺めていた。
 
 午後は外に出かけることにした。読書をするといって書斎へ向かう志貴さまには「ちょっと買ってくるものがあるのでありますので」と言っておく。
 
 薔薇が咲きほこる広い庭園をぬけて、豪奢な造りの門扉を片手で押し開く。日差しがじりじりとうなじを焼いた。黒金の門も熱をふくんでいて手のひらに微かな痛みをおぼえた。
 開いた先にあるのは傾斜のある広い道と、山の下にひろがる街の風景――。街路樹として植えられた月桂樹がやわらかな黄色い花をつけていた。だから、空気もやわらかな黄味をおびているようだった。細かな花びらが降りそそぐ中を歩く。素直にきれいだな、と思えて、口に出すとこころが浮き立った。
 最近、自分は浮かれていると自覚している。毎日がたのしくて、うれしくて、少しだけ、苦しい。
 世界はひどく静かだった。誰の声も、車の音も、鳥のなく聲さえも聞こえない。ふもとの街に降りてもいつもの通り人影はなかった。
 なのに以前と同じように建物が並び、お店には商品が並び、道端には花壇がならんでいる。
 まるで人形だけを抜き取った模型都市みたいだ、と思う。音がない世界に最初は気が狂いそうになったけれどもう慣れた。
 今日の夕飯は海老の雑炊にしよう。志貴さまの好みは意外と地味で、雑炊とか煮物が好きなのだ。
 誰も居ない店にはいって新鮮な海老と青菜を手にとる。誰もいないからお金は必要ない。誰もいないけれど、お店に並んでいるものはいつも新鮮だから不思議なものだとぼんやり思う。
 
 これも、神さまの力なのか。
 
 かんがえながら屋敷へ戻った。志貴さまがいる屋敷へ。
 わたしだけの志貴さまがいる世界へ。
 
 
 どうして世界がそうなったのか、わたしにはよく分からない。ただ分かっているのは神さまがわたしの願いを叶えてくれたということだけ。
 願いを聞かれたから応えたのだ。
 
 志貴さまがわたしだけを見てくれるように、と。
 
 願った瞬間、世界から人が消えていた。わたしと志貴さま以外の人が。そこには秋葉さまも姉さんも志貴さまのご友人もいない。志貴さまは毎朝おきるたびにわたしを見つめてくれる。だれもいない世界。秋葉さまも姉さんも志貴さまの先輩も志貴さまのご友人もだれもだれもだれもいない。
 
 遠野の屋敷が見えてきた。無音の世界のなか、わたしはうれしくて、涙が出そうになりながらも笑った。
 
 
 
 神さまにおねがいしたら望んでいたことが叶いました。
 
 だから、これは
 
 
 神さまの所為。
 
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