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日々のぼやき
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 広島の夏は暑かったピョン、と深津がつぶやいたのを聞いて沢北はかおをあげた。吐く息が白い。ねっとりとした自分の息はしずかにくちびるの周りの肌とマフラァを湿らせ空気に溶けていった。小さな息だけでは秋田の凍みるような寒さをあたためることは出来ない。そんなことを思いながら沢北はそうですねぇとだけ応えた。ことばを発したあとで、あまり意味のない返事だ、と後悔した。深津は背中をむけている。坊主頭がいかにも寒そうだ、と思った。沢北も深津と同じ髪型(山王バスケ部伝統である坊主頭)だがこのあいだ他校の女子がつくってくれた毛糸の帽子をかぶっているため、何も被っていない深津よりは寒さを感じていないはずだ。
 
 深津はバスケ部を引退した先輩だ。
 夏のインターハイ、二回戦で山王は湘北に負けた。
 
 だが二回戦敗退校とはいえ山王は王者でもあった。マスコミやOBや教師。そういった周囲の大人たちが山王に失望することはなかった。逆に一層期待をかけてきたのだ。
 
『冬の選抜では――』
『雪辱を、』
『王者として、返り咲いて――』
 
 それらの期待はまだ二年の沢北にとって重いものでしかなかったが同時に三年が居る、という安心感もあった。周囲の期待に応えるのは三年だ、と。沢北は何故か勝手にそう思っていたのだ。
 
 だがそんななか深津たち三年は見事な引き際で引退していった。周囲の期待に応えてみんな残り、冬の選抜の出場するだろうと思っていた沢北の予想は大きく裏切られた結果となった。
 それはあまりに呆気なさすぎる引退で、だから残された沢北は何故か三年達――しかも何故か、深津には特に――苛立ちを感じていた。置いていかれた、という気がしたのだ。気のせいかもしれないが。あるいは気の迷いなのかもしれない。
 
「何で、」
 
 つぶやいたこえは深津の背中にあたって弱弱しく消えた。寒い夜。空気が氷のようだ、と沢北は思った。深津はゆっくりと振り返った。夜の暗さにまぎれそうな雰囲気の、無表情だ。といっても深津のかおは大抵の場合が無表情なのであまり気にすることではない。
 
「何だピョン。」
 
 ピョン、という語尾が面白くて沢北はくちびるを曲げた。聞きなれている筈のピョンが、何だかとても新鮮なものに思えたのだ。すこし笑ってから口を開いて息を吸う。夜の空気が沢北の肺をつめたく満たした。深津は沢北のすこし前で立ちどまっていた。山王工業高校、校門前の坂。ふたりの他にはたれも居ない。深津は学生鞄だけを持っていた。沢北を見る深津の目は厭になるほど無表情だ。
 
「・・・何で、辞めたんですか、」
 
 口調は強いものになった。同時に、沢北のこころから黒い塊が噴出した。焦燥だ、と沢北は思った。自分は焦っているのだ、と感じる。三年――特に尊敬していた(態度には億尾も出さなかったが)深津が――引退してしまってから、ずっと抱えていた焦燥だった。三年に置いていかれる。そう感じていた。
 周囲の期待。プレッシャー。そういったものから三年は逃げだしたのだ。自分を残して。そう思っていたからこそ、沢北は三年に対して苛立ちを感じていたのだ。夏から、ずっと。
 
 沢北の問いに深津は応えなかった。ただ無表情だったひとみに訝しげな光がともっただけだった。ふたりともしばらく黙っていた。夜の空気。沢北は自覚した焦燥をごまかすように厚いマフラァに口元を埋めた。深津がゆっくりと口を開いた。唇の端からあたたかな白い息が吐き出されて、白いもやが深津のかおを薄く覆った。
 
「・・・・・・帽子、」
「はい?」
「・・・また女子から貰ったのか?」
 
 ピョン。
 一呼吸おいてから深津はそう云った。沢北はどう応えてよいのか分からなかったので、取りあえず点頭くだけにした。深津は口だけで歪んだ笑みをつくって沢北から視線を外した。深津の背中。秋田の冬はとても寒い。
 
「・・・河田に見つかると、また泣かされるピョン。」
 
 深津がそれだけを云ったので、沢北はすこしだけ、笑った。焦燥がじわじわと溶けていくのを感じた。深津が歩きだす。沢北はそれを追いかけた。視界にうつる、深津の背中を。
 
「泣いてませんよ!」
「嘘ピョン。泣いたピョン。沢北はすぐ泣くピョン。」
 
 深津の背中。沢北は被っていた帽子を取った。外気にさらした坊主頭はふるえるほどに寒かった。沢北は毛糸の帽子をぎゅっと掴むと、震えたくちびるを強く開いた。
 
「・・・選抜は、優勝します。」
 
 そうか、と深津がつぶやく。歩くのをやめようとしない。沢北はもう一度、優勝します、と低くつぶやいてから深津のあとを追った。深津の背中を追いかけて、一歩ずつ、歩いてゆく。
 
 前ばかりを歩く、先輩の背中に追いつくために。
 
  
 
おわり。
 
→スラムダンクでは山王が一番好きでした。 
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