luna y perroluna y perro
日々のぼやき
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廊下ですれ違った、たった一瞬がひどく長く感じた。視線自体が意志をもってこちらに向けられる。向日葵の花をおもわせる髪の隙間から強いちからを放つひとみが垣間見えた。
触れていない皮膚の熱さを思い出した。廊下には窓から差し込んだ日差しが降り注いでいる。茹だった空気をかきまわすような鈍重さで腕を伸ばした。感覚は長いのに時間は短い。体が世界から引き剥がされるような感覚をリアルに感じた。ゆびさきが首筋に触れる。茶色いひとみが円くなって、色の濃い虹彩に自分が映し出されていた。それが可笑しくて少しだけ笑うと相手も微かにほほ笑んだ。くちびるがきゅっと引かれて白い歯が零れる。日差しをあびたくちびると皮膚の境い目は濡れていて、薄紅色というより蒼ざめてみえた。
こしを伸ばす。首筋に手のひらを押し当てたまま、掠めるようなキスをした。一瞬なのにひどく長い。そっとくちびるを離して相手を伺うと、小動物のようなひとみが一瞬呆けて瞬きをして、やがて耳まで真っ赤に染まった。
「ヒバリさんっ!」
上擦った声が夏の空気を心地よくゆらした。膨れるツナが面白かったので雲雀はもう一度キスをした。
触れていない皮膚の熱さを思い出した。廊下には窓から差し込んだ日差しが降り注いでいる。茹だった空気をかきまわすような鈍重さで腕を伸ばした。感覚は長いのに時間は短い。体が世界から引き剥がされるような感覚をリアルに感じた。ゆびさきが首筋に触れる。茶色いひとみが円くなって、色の濃い虹彩に自分が映し出されていた。それが可笑しくて少しだけ笑うと相手も微かにほほ笑んだ。くちびるがきゅっと引かれて白い歯が零れる。日差しをあびたくちびると皮膚の境い目は濡れていて、薄紅色というより蒼ざめてみえた。
こしを伸ばす。首筋に手のひらを押し当てたまま、掠めるようなキスをした。一瞬なのにひどく長い。そっとくちびるを離して相手を伺うと、小動物のようなひとみが一瞬呆けて瞬きをして、やがて耳まで真っ赤に染まった。
「ヒバリさんっ!」
上擦った声が夏の空気を心地よくゆらした。膨れるツナが面白かったので雲雀はもう一度キスをした。
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「食べていい?」
暗闇に響く声。弥子はネウロの膝のうえに乗りかかったまま、首筋にくちびるを宛がって濡れた声で囁いた。細く熱い舌が皮膚を撫ぜる、その感触に気付きながらもネウロは行動を起こさない。食べていい。その言葉の意味するところはとっくに分かっていた。食べていい。餓鬼さながらのヤコにはぴったりの言葉だとネウロは思う。
弥子のくちびるは首から頤へと昇ってきて、やがてネウロのくちびるを挟むように貪った。何度も口付けをくりかえす。弥子の皮膚は熱かった。そして柔らかく濃密で、そのうえ刃のように鋭かった。
「食べていい?」
キスの合間に弥子が尋ねる。何をだ、とネウロはわざと返した。弥子は紅い唇をきゅっと引き締めて笑った。くちびるの濃密さとは裏腹に、少女のように稚い笑みだ。
「ネウロを」
「我輩を、か」
ネウロは笑った。弥子がネウロの首に力強くしがみつく。
「ネウロの全部を。くちびるも、鼻も、足も、耳も、手も、眼も、全部を」
全部を。その言葉の底深さにネウロは眩暈にも似た感覚をおぼえた。弥子はネウロの肩越しにうなじの皮膚を甘噛みしてくる。その鋭さと紙一重の歯の鈍さが、ネウロにタールのような想像を与えた。眩暈に引きずられてネウロは堪らず口を開いた。
「好きにしろ、」
応えると、弥子は笑った。血のような紅い唇に、泣き出しそうな笑みがともる。
「うれしい」
そうしてまたネウロの肩にかおを埋める弥子の腰を、ネウロはただじっと眺めていた。
暗闇に響く声。弥子はネウロの膝のうえに乗りかかったまま、首筋にくちびるを宛がって濡れた声で囁いた。細く熱い舌が皮膚を撫ぜる、その感触に気付きながらもネウロは行動を起こさない。食べていい。その言葉の意味するところはとっくに分かっていた。食べていい。餓鬼さながらのヤコにはぴったりの言葉だとネウロは思う。
弥子のくちびるは首から頤へと昇ってきて、やがてネウロのくちびるを挟むように貪った。何度も口付けをくりかえす。弥子の皮膚は熱かった。そして柔らかく濃密で、そのうえ刃のように鋭かった。
「食べていい?」
キスの合間に弥子が尋ねる。何をだ、とネウロはわざと返した。弥子は紅い唇をきゅっと引き締めて笑った。くちびるの濃密さとは裏腹に、少女のように稚い笑みだ。
「ネウロを」
「我輩を、か」
ネウロは笑った。弥子がネウロの首に力強くしがみつく。
「ネウロの全部を。くちびるも、鼻も、足も、耳も、手も、眼も、全部を」
全部を。その言葉の底深さにネウロは眩暈にも似た感覚をおぼえた。弥子はネウロの肩越しにうなじの皮膚を甘噛みしてくる。その鋭さと紙一重の歯の鈍さが、ネウロにタールのような想像を与えた。眩暈に引きずられてネウロは堪らず口を開いた。
「好きにしろ、」
応えると、弥子は笑った。血のような紅い唇に、泣き出しそうな笑みがともる。
「うれしい」
そうしてまたネウロの肩にかおを埋める弥子の腰を、ネウロはただじっと眺めていた。
酒の匂いが空気を濁らせていた。だれかの喧騒が遠くに聞こえて、だれかの笑う声が別世界のように幕一枚へだてて聞こえた。誰かがコップを倒す音。誰かがテーブルにぶつかってこける音。お酒を呑んだ人たちというのはどうしてこう煩いのだろう、とさつきは思った。けれどそれは決して、いやらしい五月蝿さではなかった。
例えば部屋の中から、通りの祭りを見下ろすような感じに似ている。人が笑っているのを見るのは好きだった。浮き足立った空気がこちらにまで漂ってきて、その空気に心まで浮かされるようだ。
壁に背をつけてグラスを傾けているととなりに誰かがやって来る気配がした。誰か、というけれどさつきにはそれが誰かすぐに分かった。彼の足音、彼の気配。それらは周囲に埋没してしまうような平坦なものだったけれど、けれどある一瞬でその気配や立てる動作が特別なものに変わる。清浄な水が一瞬ぬるまゆになるような。下腹部がやわらかく温まるのを感じて、さつきは唇の端でほほ笑んだ。
「何わらってるの、」
彼がとなりに腰を下ろした。胡坐をかいて背中を壁にそっとつける。彼は元々の体質のせいか、静かで穏やかな所作をする。さつきはグラスに残っていたジュースを飲み干すと隣をむいた。ついこの間、左のほほににきびができてしまったのでそれを隠すように髪をゆらす。右側に座ってくれればいいのに、と心の隅でおもっていた。
左側の世界、彼は自然な表情でこちらを見ていた。眼鏡の奥にあるひとみがいつもより幾分か和らいでいる。赤らんだ目元がまるで酔っているようにも見えたけれど、彼が酒類を口にできないことは周知の事実だ。彼の体質を知っている周囲も酒をすすめることはしなかったので、彼は烏龍茶のペットボトルをマイボトルとしてキープしていた。
「弓塚さんは、お酒のまないの?」
「未成年だから」
さつきの応えに彼は笑った。この状況ではあんまり説得力のない答えだ。視界の端ではクラスメイトの乾くんがビールの一気飲みを披露していた。
クラスメイトだけのささやかな新年会。最初はお菓子とジュースだけが廻っていたその場に、紙袋いっぱいのお酒とおつまみを持ち込んだのは乾くんだ。お姉さんに無理やり持たされたのだ、と言い訳をしていたけれど、父親の晩酌に付き合っているのだと一番量を飲んでいるのも乾くん。さつきはといえば、乾杯のときに呑んだカクテルジュースだけで世界が廻ってしまった。時間がたった今でも少しだけ、世界がゆらゆらと揺らめいている。
「本当はね、一杯だけで酔っ払っちゃったの」
正直に白状すると彼は「そうなんだ」と優しげに応じた。
「初めて呑んだんだけど、もうこれ以上は無理。だからそれからずっとジュース……でもちょっとまだ酔ってる。お酒って残るんだね。知らなかった」
「そっか」
彼の応えに、さつきは自分のことばが見当違いだったことを自覚した。彼はお酒を呑まないのではなく、呑めないのだ――慌てて手を振ってことばを重ねた。
「でもお酒なんか呑まなくても、ここにいるだけで愉しいよね。もう殆ど醒めてるけど、空気に酔ってる感じ?」
「ああ、なるほど」
彼は眼鏡の位置を直して頷いた。
「空気に酔ってる……か。そうかもしれないね。何だか意識が、いつもより軽いし」
僅かに眼鏡を外す。彼がそういう動作をするのをさつきは何度か見たことがあった。そして眼鏡をかけてない彼は、ひどく孤独そうな、寂しげな表情をみせる。そのことにも前から気付いていた。眼鏡ひとつのことなのにまるで彼が別人のようにも見える。けれどどちらの彼も、同等にさつきの心の底をゆさぶる。
彼は眼鏡を外したひとみで自分のてのひらを見下ろした。眼鏡を外した彼は他人を見ようとしない――さつきはそのことにも気付いていたので、少しだけ、自分のことを見てくれればいいのにと思った。彼は一体どんなひとみで自分を見て、どんな表情をするのだろう。想像するのは愉しかった。そして何処か、怖ろしくもあった。
「いつもより…」
彼のことば。さつきは一瞬だけそのことばの意味を掴みかねて呆けてしまった。彼は眼鏡をかけなおしてさつきにいつもどおりの笑みを向ける。
気のせいだ。
さつきは聞き取った微かな囁きを霧散させた。浮き立った空気が彼のことばを濁らせたのだ。そう思うことにした。
『いつもより、簡単に壊せそうな気がする』
それは彼らしくない――むしろ対極なほどに無慈悲な響き。けれどさつきは、彼になら壊されても構わないと思っていた。
おわり。
弓塚さつきさんは坊ちゃんを前にするといっぱいいっぱいになってしまって、失言とかしちゃってあわあわしているのがステキだとか勝手に思ってます。有彦さんの苗字が分からずコミックスを見直してしましました、が結局わからず…!乾君だった気がする。気のせいかもしれませんが。
例えば部屋の中から、通りの祭りを見下ろすような感じに似ている。人が笑っているのを見るのは好きだった。浮き足立った空気がこちらにまで漂ってきて、その空気に心まで浮かされるようだ。
壁に背をつけてグラスを傾けているととなりに誰かがやって来る気配がした。誰か、というけれどさつきにはそれが誰かすぐに分かった。彼の足音、彼の気配。それらは周囲に埋没してしまうような平坦なものだったけれど、けれどある一瞬でその気配や立てる動作が特別なものに変わる。清浄な水が一瞬ぬるまゆになるような。下腹部がやわらかく温まるのを感じて、さつきは唇の端でほほ笑んだ。
「何わらってるの、」
彼がとなりに腰を下ろした。胡坐をかいて背中を壁にそっとつける。彼は元々の体質のせいか、静かで穏やかな所作をする。さつきはグラスに残っていたジュースを飲み干すと隣をむいた。ついこの間、左のほほににきびができてしまったのでそれを隠すように髪をゆらす。右側に座ってくれればいいのに、と心の隅でおもっていた。
左側の世界、彼は自然な表情でこちらを見ていた。眼鏡の奥にあるひとみがいつもより幾分か和らいでいる。赤らんだ目元がまるで酔っているようにも見えたけれど、彼が酒類を口にできないことは周知の事実だ。彼の体質を知っている周囲も酒をすすめることはしなかったので、彼は烏龍茶のペットボトルをマイボトルとしてキープしていた。
「弓塚さんは、お酒のまないの?」
「未成年だから」
さつきの応えに彼は笑った。この状況ではあんまり説得力のない答えだ。視界の端ではクラスメイトの乾くんがビールの一気飲みを披露していた。
クラスメイトだけのささやかな新年会。最初はお菓子とジュースだけが廻っていたその場に、紙袋いっぱいのお酒とおつまみを持ち込んだのは乾くんだ。お姉さんに無理やり持たされたのだ、と言い訳をしていたけれど、父親の晩酌に付き合っているのだと一番量を飲んでいるのも乾くん。さつきはといえば、乾杯のときに呑んだカクテルジュースだけで世界が廻ってしまった。時間がたった今でも少しだけ、世界がゆらゆらと揺らめいている。
「本当はね、一杯だけで酔っ払っちゃったの」
正直に白状すると彼は「そうなんだ」と優しげに応じた。
「初めて呑んだんだけど、もうこれ以上は無理。だからそれからずっとジュース……でもちょっとまだ酔ってる。お酒って残るんだね。知らなかった」
「そっか」
彼の応えに、さつきは自分のことばが見当違いだったことを自覚した。彼はお酒を呑まないのではなく、呑めないのだ――慌てて手を振ってことばを重ねた。
「でもお酒なんか呑まなくても、ここにいるだけで愉しいよね。もう殆ど醒めてるけど、空気に酔ってる感じ?」
「ああ、なるほど」
彼は眼鏡の位置を直して頷いた。
「空気に酔ってる……か。そうかもしれないね。何だか意識が、いつもより軽いし」
僅かに眼鏡を外す。彼がそういう動作をするのをさつきは何度か見たことがあった。そして眼鏡をかけてない彼は、ひどく孤独そうな、寂しげな表情をみせる。そのことにも前から気付いていた。眼鏡ひとつのことなのにまるで彼が別人のようにも見える。けれどどちらの彼も、同等にさつきの心の底をゆさぶる。
彼は眼鏡を外したひとみで自分のてのひらを見下ろした。眼鏡を外した彼は他人を見ようとしない――さつきはそのことにも気付いていたので、少しだけ、自分のことを見てくれればいいのにと思った。彼は一体どんなひとみで自分を見て、どんな表情をするのだろう。想像するのは愉しかった。そして何処か、怖ろしくもあった。
「いつもより…」
彼のことば。さつきは一瞬だけそのことばの意味を掴みかねて呆けてしまった。彼は眼鏡をかけなおしてさつきにいつもどおりの笑みを向ける。
気のせいだ。
さつきは聞き取った微かな囁きを霧散させた。浮き立った空気が彼のことばを濁らせたのだ。そう思うことにした。
『いつもより、簡単に壊せそうな気がする』
それは彼らしくない――むしろ対極なほどに無慈悲な響き。けれどさつきは、彼になら壊されても構わないと思っていた。
おわり。
弓塚さつきさんは坊ちゃんを前にするといっぱいいっぱいになってしまって、失言とかしちゃってあわあわしているのがステキだとか勝手に思ってます。有彦さんの苗字が分からずコミックスを見直してしましました、が結局わからず…!乾君だった気がする。気のせいかもしれませんが。
じっとしていろ、とネウロが言った。いつもと同じような命令口調で、けれどいつもよりも少しだけ棘をぬいた声で。
「動くと食み出る」
と、いつでも超然としている魔人にしてはやけに真剣なひとみで弥子のかおを覗き込んでくる。長い指が弥子のおとがいを摘んでくちびるを開かせる。ネウロのゆびさきは冷たくてとても気持ちがいい。瞼をとじた弥子のくちびるに、べっとりと重い感触が重なった。
弥子はわずかに眉をひそめる。鼻腔をくすぐる口紅の香りは苦手なものだった。皮膚に貼りつく違和感も、紅筆がうごくたびに左右にひっぱられるくちびるの感触も、あまり好きではない。
それでも弥子はじっとしていた。ネウロの吐息が肌をくすぐる。
目をあければきっと魔人はすぐそばにいるのだろう。それこそ、境界線が曖昧になるくらい、近くに。
「ネウロ、」
囁くように呼びかけると、筆の動きがぴたりと止まった。どきりとするほど近くでネウロのこえがする。
「動くな、ヤコ」
歌うような声と、ネウロの熱。口紅を混ぜるときのように、混ざり合って溶け合えたらいいのにと弥子は思った。
「じっとしていろ」
魔人は誘う。
「終わったら、我輩がこの唇を食ってやろう」
それは罠のような、甘美な睦言。
終わり。
きっとネウロ的には餌をやって肥えさせてから美味しく頂こうとかそんな感じなのではないかと。ヤコちゃんに化粧をする魔人って、かなり美味しい構図ですね。
「動くと食み出る」
と、いつでも超然としている魔人にしてはやけに真剣なひとみで弥子のかおを覗き込んでくる。長い指が弥子のおとがいを摘んでくちびるを開かせる。ネウロのゆびさきは冷たくてとても気持ちがいい。瞼をとじた弥子のくちびるに、べっとりと重い感触が重なった。
弥子はわずかに眉をひそめる。鼻腔をくすぐる口紅の香りは苦手なものだった。皮膚に貼りつく違和感も、紅筆がうごくたびに左右にひっぱられるくちびるの感触も、あまり好きではない。
それでも弥子はじっとしていた。ネウロの吐息が肌をくすぐる。
目をあければきっと魔人はすぐそばにいるのだろう。それこそ、境界線が曖昧になるくらい、近くに。
「ネウロ、」
囁くように呼びかけると、筆の動きがぴたりと止まった。どきりとするほど近くでネウロのこえがする。
「動くな、ヤコ」
歌うような声と、ネウロの熱。口紅を混ぜるときのように、混ざり合って溶け合えたらいいのにと弥子は思った。
「じっとしていろ」
魔人は誘う。
「終わったら、我輩がこの唇を食ってやろう」
それは罠のような、甘美な睦言。
終わり。
きっとネウロ的には餌をやって肥えさせてから美味しく頂こうとかそんな感じなのではないかと。ヤコちゃんに化粧をする魔人って、かなり美味しい構図ですね。
嗅覚は鋭い。常人には在り得ない独特のその感覚は、日常に満ちる匂いはともかく異能の者をよく嗅ぎ分けた。
生きる為の術なのだと思う。この世界で混血の血を守るためには闇に潜むさまざまな敵を見極めなければならなかった。当主としての定めだと、そうして自らの生きる領域を確保しなければならないのだと、自覚するたびに自らの存在が矮小であると思い至る。
世界から疎外されているのだ、本来ありうるべき姿ではない。
そのおとこを見た瞬間、感覚は刃のような鋭さをもって脳髄を刺激した。存在すべきではない存在――おとこと良く似たひとを知っていた。よく似た、どころではなく目の前に佇むおとことかの人は明らかに表裏一体ほどの近しさを持っていた。表と裏。過去と現在。なのに雰囲気はまるで違う。かのひとが包み込むような眼差しで「秋葉」と呼ぶ、そのくちびると寸分違わぬくちびるが蔑むように歪み「おんな」と呼んだ。
侮蔑の響きを伴った口調。こちらを見下す濃い虹彩。
吐き気がした。この世に居て良い存在ではない。あの人と全てを共有し尚且つ拒絶しあう存在など――嘔吐感は脊髄を駆け上がる熱になり、やがてそれは全身の皮膚を這っていった。髪の先が重くなり、熱が点る。その感覚はひどく心地よいものだった。毀していいのだ、と自らの奥底で暗く低い声が木魂して螺旋を描く。
「愉しいだろう?」
おとこは唇を引き裂いてわらう。狂気に満ちた笑声に、紅く燃えた身体が跳ねる感覚を覚えた。殺したい、このおとこを。深紅に染まった視界のなか、佇むおとこを見据えて思う。
おとこは特に緊張感もない所作で懐にそっと手を入れた。引き抜く。無骨なてのひらに小刀が握られていた。月の光を浴びて刀身が一瞬きらめく。あのひとも、同じ小刀を持っていた――大事そうに柄を握るあのひとの横顔を思い出した瞬間、目蓋の裏に白い残像が走って消えた。その残像の意味をことさらに考えることはしない。残像の消え去った目蓋の裏は闇一色で、その漆黒に恍惚にいどろられた言葉が重なった。
殺したい。
このおとこを。
祈りにも似た意志が意識に侵食するよりも速く、肉体は反応していた。地面を蹴り、飛び上がる。脹脛の筋肉だけでおとこの上背よりも高く飛んだ秋葉を、おとこは興味深げに見上げていた。闘う気配は微塵も見せない。だが熱に包まれた手でおとこの頭を潰そうとしたその刹那、おとこの気配が掻き消えた。
ゆびさきが地面を抉り、異能の熱がアスファルトを溶かす。腐ったガスのような臭い、煙。おとこの声が背後から聞こえた。
「面白いだろう、秋葉?」
秋葉、と。
歪んだ口調のなかで名を呼ぶその声だけは、あのひとの声に酷似していた。わざと似せたのだろう。檻髪を靡かせて振り向くと、おとこはまだ笑ったままこちらの様子を伺っていた。
「貴様は俺に似ているよ、」
「……それは酷い冗談ね。」
「似ているのさ、なあ秋葉」
名を呼ぶな、そう罵りの言葉が唸り声になって咽喉外へと漏れ出した。おとこはわらう。赤い舌を、鈍く光る刀身に宛がう。
「貴様が殺したいのは俺なのか?」
このおとこは一体何を言っているのだ。秋葉は口角をあげて「あなたよ」と告げた。
「兄さん以外は要らないのよ、この世には」
「違うだろう、秋葉?」
秋葉、と。
おとこは真綿のように言葉を和らげ。
「貴様がころしたいのは向こうの七夜だ。貴様はあの眼が欲しいのだろう?」
――秋葉。
おとこのことばに誘われ、一瞬だけ、あの人のひとみを抉る夢を見た。
終わり。
→勝手な設定として、秋葉さんは坊ちゃんの眼が欲しくて欲しくて仕方が無いとか内心思ってますみたいな感じでいきたいのですが如何でしょう。(如何でしょうって)でも坊ちゃんを前にすると傷つけることはできなくて、だから七夜の前だと普段は押し殺している殺意が満開になるんだぜ!みたいなのが燃えると思います。…微妙ですか。微妙ですね!ていうか元ネタ台無しですけどね!
→とりあえず秋葉さんを闘わせようとか思ったのにまた闘ってません。跳ばせてはみたけど逃げられてますしね! お嬢様の足技とか書きたいと思ったら無理だった。何かこう、プレイしてる最中はコンボとか書けそうだなーとかぼんやり思うんですが。
生きる為の術なのだと思う。この世界で混血の血を守るためには闇に潜むさまざまな敵を見極めなければならなかった。当主としての定めだと、そうして自らの生きる領域を確保しなければならないのだと、自覚するたびに自らの存在が矮小であると思い至る。
世界から疎外されているのだ、本来ありうるべき姿ではない。
そのおとこを見た瞬間、感覚は刃のような鋭さをもって脳髄を刺激した。存在すべきではない存在――おとこと良く似たひとを知っていた。よく似た、どころではなく目の前に佇むおとことかの人は明らかに表裏一体ほどの近しさを持っていた。表と裏。過去と現在。なのに雰囲気はまるで違う。かのひとが包み込むような眼差しで「秋葉」と呼ぶ、そのくちびると寸分違わぬくちびるが蔑むように歪み「おんな」と呼んだ。
侮蔑の響きを伴った口調。こちらを見下す濃い虹彩。
吐き気がした。この世に居て良い存在ではない。あの人と全てを共有し尚且つ拒絶しあう存在など――嘔吐感は脊髄を駆け上がる熱になり、やがてそれは全身の皮膚を這っていった。髪の先が重くなり、熱が点る。その感覚はひどく心地よいものだった。毀していいのだ、と自らの奥底で暗く低い声が木魂して螺旋を描く。
「愉しいだろう?」
おとこは唇を引き裂いてわらう。狂気に満ちた笑声に、紅く燃えた身体が跳ねる感覚を覚えた。殺したい、このおとこを。深紅に染まった視界のなか、佇むおとこを見据えて思う。
おとこは特に緊張感もない所作で懐にそっと手を入れた。引き抜く。無骨なてのひらに小刀が握られていた。月の光を浴びて刀身が一瞬きらめく。あのひとも、同じ小刀を持っていた――大事そうに柄を握るあのひとの横顔を思い出した瞬間、目蓋の裏に白い残像が走って消えた。その残像の意味をことさらに考えることはしない。残像の消え去った目蓋の裏は闇一色で、その漆黒に恍惚にいどろられた言葉が重なった。
殺したい。
このおとこを。
祈りにも似た意志が意識に侵食するよりも速く、肉体は反応していた。地面を蹴り、飛び上がる。脹脛の筋肉だけでおとこの上背よりも高く飛んだ秋葉を、おとこは興味深げに見上げていた。闘う気配は微塵も見せない。だが熱に包まれた手でおとこの頭を潰そうとしたその刹那、おとこの気配が掻き消えた。
ゆびさきが地面を抉り、異能の熱がアスファルトを溶かす。腐ったガスのような臭い、煙。おとこの声が背後から聞こえた。
「面白いだろう、秋葉?」
秋葉、と。
歪んだ口調のなかで名を呼ぶその声だけは、あのひとの声に酷似していた。わざと似せたのだろう。檻髪を靡かせて振り向くと、おとこはまだ笑ったままこちらの様子を伺っていた。
「貴様は俺に似ているよ、」
「……それは酷い冗談ね。」
「似ているのさ、なあ秋葉」
名を呼ぶな、そう罵りの言葉が唸り声になって咽喉外へと漏れ出した。おとこはわらう。赤い舌を、鈍く光る刀身に宛がう。
「貴様が殺したいのは俺なのか?」
このおとこは一体何を言っているのだ。秋葉は口角をあげて「あなたよ」と告げた。
「兄さん以外は要らないのよ、この世には」
「違うだろう、秋葉?」
秋葉、と。
おとこは真綿のように言葉を和らげ。
「貴様がころしたいのは向こうの七夜だ。貴様はあの眼が欲しいのだろう?」
――秋葉。
おとこのことばに誘われ、一瞬だけ、あの人のひとみを抉る夢を見た。
終わり。
→勝手な設定として、秋葉さんは坊ちゃんの眼が欲しくて欲しくて仕方が無いとか内心思ってますみたいな感じでいきたいのですが如何でしょう。(如何でしょうって)でも坊ちゃんを前にすると傷つけることはできなくて、だから七夜の前だと普段は押し殺している殺意が満開になるんだぜ!みたいなのが燃えると思います。…微妙ですか。微妙ですね!ていうか元ネタ台無しですけどね!
→とりあえず秋葉さんを闘わせようとか思ったのにまた闘ってません。跳ばせてはみたけど逃げられてますしね! お嬢様の足技とか書きたいと思ったら無理だった。何かこう、プレイしてる最中はコンボとか書けそうだなーとかぼんやり思うんですが。