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luna y perroluna y perro
日々のぼやき
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 結局あれって、ただの八つ当たりだったよなあ。
 みすず旅館のベッドのうえ。ルーミィの着替えを手伝ってやりながらわたしは昼間のことを思い出して溜め息をついた。あの瞬間はものすごく腹がたって、その怒り方が自分でも不思議なくらいだったけれど。つまりあれって、ただ単に本を諦めたことばっかりだったとか、お腹がすいていたとか、そういう些細な原因が積み重なった結果だったんだと思う。そこでたまたま、トラップのひと言が引き金になってしまっただけで。
「ぱーるぅ、どうしたんらおー?」
 寝ぼけ眼のルーミィが尋ねてきて、わたしは慌てて「何でもないよ」とこたえた。晩御飯を食べたばかりだからルーミィの目は半分閉じかけている。中綿がぺしゃんこになってしまったパジャマを着せてベッドに寝かしつけると、すぐに小さな寝息を立てはじめた。
 となりで横になると、ルーミィの体温が温かくておもわずうとうとしてしまう。来週までにあげなきゃならない原稿があるのに…原稿料を前借りしているから、遅れるわけにはいかないのだ。前借り、借金。最近はそんなことばかりだ。
 そう、昼間のことを考えてるうちに自覚したんだけどわたしは結構いろいろなものに押し潰されそうになってたみたい。お金もないし、つい最近までは冒険者をやめようかどうかで悩んでたし……そのことはもう解決したと思ってたけど、心のどこかであの時の暗い気持ちを引き摺ってたんだよね。キスキン国のことが終わってからは、家を買ったりその家の修繕をしたりで目が廻るほど忙しくて、あの時の気持ちなんて何処かへ消えていたんだけど。
 そうやってわたしがモヤモヤしてるところに、トラップが能天気かつ自分勝手にも「金貸して」ときたじゃない? だから自分の悩みを思いっきり逆撫でされたっていうか、あけすけなトラップの態度に嫉妬したっていうか。言葉にするのって難しいけど、そんな感じだったんだと思う。まさに純然たる八つ当たり。トラップには悪いことしちゃったな。
 まだ人間ができてないよな、わたしって。そんなことを考えながら寝返りを打っていると、ふと部屋のとびらがノックされた。いけないいけない、眠っちゃうところだった。ベッドから起き上がって寝ぼけた声で返事をした。
「開いてるよー。クレイ?」
「俺」
 ぎぃっと扉が開いて、かおをみせたのはトラップだ。不機嫌そうに眉をひそめているので多分昼間のことを怒ってるんだろう。
 トラップは無言のまま部屋の中に入ってくると勝手に椅子に座ってしまった。そしてこちらをじっと見つめる。ううう、何だか責められてる気がする。あの後、あれが原因で彼女と気まずくなっちゃったのかな。
「昼間のことだけどさ」
 トラップは少しだけ迷うそぶりをしてから話しはじめた。けれどすぐに言葉を止めて視線を宙へと泳がせる。何だかそれは怒っているというより、照れているようにも見える表情だった。わたしがじっと見ていることに気が付いて、あわてて視線を逸らせる。
 あれ? 怒ってるわけじゃないのかな?
 わたしが内心首をかしげるのと同時に、トラップが視線を逸らしたまま口を開いた。
「あれって……アレ、か?」
「はい?」
 何を言ってるんだ、こいつは。わたしは首をかっくりと傾げた。アレじゃ分からないよ。そんなオブラートに包んだような言い方はちっともトラップらしくない。
「アレって何なの? はっきり言ってくれなきゃ分からないよ」
「……分かれよ、ちっとは」
 トラップが不機嫌そうにこちらを睨む。けれど以前みたいな冷たいだけの、こっちを蔑んでるみたいな視線じゃないことはすぐに分かった。ちょっと目尻が赤くなってるし。ますます首を傾げるわたしをよそに、トラップは赤毛の髪をくしゃっと手でかきまわした。椅子に反対向きに座りなおして、背凭れの上で腕をくむ。こちらを見つめてくる視線は、何かを秘めているような感じだった。でもやっぱり言葉にしてくれなきゃ分からないわけで。
「だから、何なの? 怒ってるの?」
「いや、怒ってるわけじゃ…」
 そうか、怒ってないのか。デートに水を差されて怒ってるんだと思ってたけど。そのうえお金も貸してないわけだし…でも本人が怒ってないって言うんだから、違うんだろうな。じゃあ一体なんなんだ?
 トラップは組んだ腕にかおを伏せて、少しするとがばっと顔をあげてこちらを見つめた。
「昼間のあれって、もしかすっと…」
 やっぱりそこで言いよどむ。何かトラップらしくないな。いつもはぽんぽん会話が弾む相手なのに。仕方ないのでわたしは自分から話をすすめることにした。トラップと話すときはいつも主導権を向こうに取られてるから、ちょっとだけ嬉しいような気持ちになる。
「もしかして、昼間わたしが怒鳴った理由?」
「そう、それだよ」
 トラップはポン!と手をたたいてわたしを指差してきた。わたしはにっこりと笑う。トラップが怒ってないと分かったからちょっとだけ気分が軽くなったのだ。
「ああやっぱりー。あれね、トラップには悪かったけどつまり焼きもちなの」
「……やきっ?!」
「そう。だってトラップが呑気にデートとかしてるから」
 わたしの言葉にトラップが目を丸めている。何かこいつ、いつもと違うなー。理由は分からないけれどトラップは顔中を真っ赤にしていて、彼のそんな顔をみるのは初めてだから、わたしは内心ほくそ笑んでしまった。
「実はあの前、わたし欲しい本を諦めてたんだよね。まぁわたしたちって今お金がないからそれは仕方ないんだけど、その本が偶然にも千Gだったの。そしたらトラップが千G貸してときたじゃない」
 トラップは目を円くしたままわたしの話を聞いていた…けれどゆっくりとその眉が吊りあがってくる。しかし喋るのに夢中のわたしはそんなトラップの変化に気が付かなかった。
「わたしは本を諦めたのに、こいつは能天気にもデートとかギャンブルで金を使うのか! って思ったら、すっごくむしゃくしゃしちゃって…で、その呑気さに嫉妬しちゃったって言うか。だから八つ当たりだったんだよね。きっとトラップにも彼女にも、気分悪い思いさせちゃったよね。だから、」
 ごめんね、と言おうとした瞬間。
 ばん!とものすごい音がした。え、何? と見るとトラップが椅子を蹴るようにして立ち上がっていたのだ。こちらを見おろす瞳がものすっごく怒ってるみたいで、わたしは一瞬ことばを忘れて呆けてしまった。
「テメーに期待した俺がバカだった」
 トラップは吐き捨てて、部屋を出て行こうとする。わたしは慌ててベッドから飛び降りるとドアに手をかけているトラップの腕をとった。
「何で怒るの? 能天気ってとこが気に障った?」
 それとも呑気かしら?と、尋ねるわたしの耳を引っ張ると、トラップは思い切り息を吸って。
「……このッ鈍感女!!!」
 蝶番が壊れるんじゃないかと思うくらい強くドアを閉めて、部屋を出て行ってしまったのだった。
 あとに残されたのは呆然と立ちすくむわたしとむにゃむにゃと寝息をたてているルーミィだけ。耳元で怒鳴られた所為でまだきーんと耳鳴りがしている。
「とりゃーっ、ばかなんらおう…」
 ルーミィの寝言を聞きながら、わたしは言いようのない脱力感に襲われてその場にへたりこんでしまったのだった。
 
 
* * * * *
 
 
「……何だったの、今の音」
 と、呟いたのはリタだった。みすず旅館の入り口ホール。店の残り物を片手にやってきたリタは、扉を開けると同時に二階から聞こえた大音響におもわず持っていたバスケットを落としそうになってしまった。日頃客の大声に慣れているリタでも驚くくらいの大声と、扉を閉める音だったのだ。天井から吊り下げられた電燈がゆれて、埃がぱらぱらと舞っている。
「ま、気にしないほうがいいですよ。いつものことですから」
 リタの呟きに応えたのはキットンだ。何種類かのキノコをテーブルに並べて検分している彼のとなりでは、剣の手入れ中のクレイが呆れたような視線をキットンへと投げかけている。
「キットン、またトラップに何か言ったんだろう」
「別にどうってことじゃないですよ」
 キノコを眇めて、キットンは何でもないことのように言葉を吐いた。
「トラップが、昼間女の子と一緒に居るところをパステルに見られたと言ってましてね。どうも話をきくとパステルは怒っていたというので、じゃあそれは俗に言う焼きもちというやつではないんですかと助言したんですよ。分かります? 焼きもち。焼いたもちじゃありませんよ、クレイ」
「それくらい分かるさ。第一今は餅の季節じゃないだろう?」
「そういう問題じゃないと思うよ…」
 リタの呟きは、小さかったのでふたりには届かなかったようだ。
「で、トラップに言ったんですよ。何ならパステル本人に聞いてみたらいいじゃないですかって。もしかするともしかしますよ、なんて言ったら、彼、呆気ないほど簡単にその気になりましてねー! いや、あんなトラップは普段じゃ絶対見られませんよ!! ぎゃっはっは!!」
 キノコを片手に高笑いをするキットン。リタはその場であたまを抱え込みたくなった。
「…キットン、楽しんでるでしょう?」
「いやいや、まさかまさか! リタの思い過ごしでしょう! ぎゃっははは!!」
「楽しそうだなあ、キットン」
「ぎゃっはっはっはー!!」
 キットンの大笑いをBGMに、みすず旅館の夜はふけていくのでした
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