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日々のぼやき
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 俺の目を見ろ。その男はそう囁いた。
 白く切り取られたような月が空に浮かんでいた。細い雨がしずかに降りつづけて地面に弾けて淡い霧をつくりだす。瞬きをくりかえす街灯の下で、濡れた男の体の線が浮かぶように白く映える。濡れた髪が男のほほにぴったりと貼りついていた。その隙間からのぞく漆黒のひとみ。それを見てはならないと、男に会った瞬間から気が付いていた。
「見ろ。貴様の好物だろう?」
 男は手に持ったナイフを握りなおした。その言葉に一瞬かおをあげかけたが寸でのところで視線を逸らす。男を見てはならないと強く思った。男はこの世に存在し得ないものであり、そしてまた同時にこの世の核をなす存在だった。見れば崩壊させられるだろう――自分も、そして自分が形作ってきた世界という名の運命の全ても。
 雨が地面に降り注ぐ。雨音。細い線を描く雨は音もなく蒸発する。それで自分が血を解放させていることに気が付いた。男は笑う。唇を微かに歪める笑みは、あの人とはまるで対極の性質しかもちえないのに何故かあの人の穏やかな笑みを思い出させた。
「雨を弾くのか。なかなか便利だな」
 明らかに、濃く呪われた血の存在を莫迦にしている口調だった。唇をかみ締めて男を睨む。決して目は合わせないように――しかし男の動きにすぐ対応できるように足をにじらせた。靴越しだというのに濡れた地面が瞬時に乾く。男はゆらりと腕をあげ、ナイフを視線の高さで構えた。
「俺の目を見ろ」
 光るナイフの奥にあるふたつの瞳。ナイフの下にある唇が薄く開かれ誘うように舌なめずりする。
「あの甘ちゃんと同じ目だ。貴様はこの目が、欲しくて欲しくて仕方ないんだろう?」
 歌うような言葉が鼓膜で渦を巻く。意味を理解した瞬間、体中の血が沸き立った。視界をさえぎっていた髪が一気に紅くなる。解放は膜を一枚脱ぎ捨てるようなものだった。罅割れる自分の体、自分の力。咽喉奥から獣のようなうめき声が漏れ聞こえ、それを何処か遠くで聞いている自分がいた。
「…あなたは兄さんではないわ」
 声はあえかにさえ響いた。男は獣じみた笑みを浮かべて。
「同じだよ。俺の目を見ろ。同じ眸だ」
「…そうかもしれませんわね」
 男の言葉を肯定して、そこでようやく視線をあげた。降り注ぐ雨。張り詰めた空気。その向こう側に黒いふたつの瞳があった。深淵ほどに暗い双眸。ふたつの死。彼女は笑った。
「なら、その目を抉り取って差し上げるわ」
 
 その目の持ち主は一人だけだ。
 
 宣言した瞬間、あの人の静かな双眸を思い出した。
 
 
おわり。
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